「マックス! いないの?」

 ウェーブがかった赤っぽい茶髪を腰まで伸ばした可愛い少女が人を捜しながら歩いていた。
 歳は十六、七位だろうか。食堂の白いエプロンが良く似合っている普通の女の子だ。
 少女は捜している人物の名前を連呼する事に決めた。

「マックスマックスマックスマックスーーッ!!」

 と、近くの木の上から何かが落ちてきた。

「もう、マックスってば、お昼ご飯いらないの? お店の手伝いまでさぼって……」

 少女は落ちてきた『もの』に向かって言った。
 『もの』は人間で、茶髪の青年だった。髪は短く切ってあり、少年といった顔立ちをしていた。

「いたた……」

 落ちた時に思い切り打ったらしく、青年は腰を押さえていた。

「あのなぁマキ」

 涙目で立ち上がりながら青年は少女に向かって言った。

「俺はマックスじゃなくてちゃんとマクスレイドって名前が…」
「いいから早く! お昼ご飯、食べないの?」

 少女に遮られ、青年は仕方なしに「食べる…」と呟いた。

「騎士団を目指しているのはわかるけど、お昼の忙しい時は手伝うって約束でしょ?」

 腰に手を当てて少女は言った。
 怒った顔もなかなか可愛いと青年は思った。

「それに、マクスレイドって名前は長いから、好きに呼んで良いって言ったのマックスでしょ?」
「わかったよ。もう好きに呼んでくれ」

 それだけ言って青年――マックスは家の方へ歩き出した。


 今から八年前。マックス――マクスレイド=ブリューゲルがまだ十七歳の頃の話。




Remender pure Heart



 マックスの両親はマックスがまだ幼い頃に亡くなっていた。その頃流行っていた病気のせいだった。その為、彼は父方の叔父夫婦の家に住んでいた。

 叔父夫婦には彼と同い年の少女がいた。
 名前はマキ。赤っぽい茶髪を腰まで伸ばした可愛い少女だ。性格は明るく、前向きで、いつも元気でいつも楽しそうに笑う子だった。

 マックスは何となく彼女のことが好きだった。
 でも言うのはなんというか――馬鹿にされそうだったから言わなかった。

「マックス。またマキに怒られてたな」

 叔父夫婦の家は食堂を経営している。マキはその看板娘だ。常連客も多く、マックスはいつも彼らにからかわれていた。

「そんなはやくから尻に敷かれてちゃ、だめだぞ〜」

 アルコールが回っているのか一人の男がこう言った。
 食堂が笑いの渦になる。
 毎日のことなので、マックスもマキも特に気にしていなかった。

「そういえばマックス。お前、騎士団の試験受けるんだってな」

 カウンターの近くに座っている金髪の男性が尋ねた。マックスはやっとまともな話になったと喜んで答えた。

「うん。俺もこの国を護る騎士になりたいんだ」
「マックスはキリュウ様に憧れていたね」

 彼の叔母がカウンターから顔を出して言った。

「だってかっこいいんだ! 魔族を剣と魔法であっという間に倒すんだ!」

 マックスはその時の光景をリアルに思い出しながら語った。

 キリュウはここ、マハタック国の国王の義理の弟(国王の母親が義理の母で、その息子)で、騎士団の長をしている。歳は三十代前半で中々の美丈夫だ。国王並に優しく、そして強い為、街の人々からの信頼は厚い。

「はいはい。いいから料理運んでよ」

 マキの声でマックスは現実に引き戻された。

「キリュウ様の事を熱く語るのはいいけど、今は仕事してよね。マックス」

 そう言われ、マックスは素直に店の手伝いを開始した。




「マキは興味ないのか?」

 その日の夜。店もだいぶん静かになった頃。マックスは裏庭で剣の素振りをしていた。
 色々なアルバイトをして貯めたお金で買った安物の剣だ。だが、かなり彼にしっくりしている。

「何が?」

 近くの柵にもたれてマキは聞き返した。

「何がって……」

 マックスは素振りの手を止めて彼女を見た。

「興味ないの? 女の人だって王宮騎士団になれるんだよ。マキも目指したら?」
「興味ないわ。私は今のままでいい」

 彼女は空を見上げた。

「お店があって、お父さんとお母さんがいて。マックスがいて――そして私もいる。それだけで充分だわ」

 マックスは黙って彼女を見ていた。
 再び素振りを始める。

「そっか」

 空に月が出ていた。
 蒼い月が大きく、そして丸かった。






 数日後。

「マックス。ちょっと手伝わないか?」

 顔なじみの常連客の男がマックスに話し掛けた。彼の後ろに荷馬車が止まっている。

「何?」

 店の前を掃除していた手を止め、マックスは男に尋ねた。

「これから隣り町まで荷を運ぶんだが、お前も手伝わないか?」
「行く!」

 そう言ってマックスは店に箒を置きに行った。
 店の手伝いばかりやらされていて、隣町に行く事がほとんどなかった為、マックスは喜んで頷いた。
 とタイミング良く、マキが店から顔を出した。

「マックス。何処に行くの?」
「え? 手伝いだよ」

 箒を片付けながらマックスは答えた。男がマキの側に行き、説明をする。

「悪いなマキ。ちょっとマックスを借りて行くよ」
「そう言うことならいいけど……。早く戻ってきてね」

 店から出て来るマックスにすれ違いながらマキは言った。マックスは笑顔で「わかったよ」と答えた。




 街を出て二時間後。荷を運び終えて、マックスは時間を貰って、町中を歩いていた。
 マキに何かお土産を買おうと、色々な店を覗いて行った。

「そこのお兄さん」

 大通りを少し外れた道を歩いていたマックスに声をかける人物がいた。
 目をやると、裏通りに続く道の側に占い師がいた。

「お兄さんの未来を占ってあげようか?」
「え? いいよ。俺、そんなにお金持ってないし」

 マックスが早々に去ろうとしたが、再び呼び止められた。

「金は要らない。お兄さんの未来を見せてもらえれば充分だよ」

 金は要らないと言われ、マックスは「仕方ないなぁ」と呟いて占い師の側に行った。

「名前は?」
「マックス……じゃなくて、マクスレイドだ」

 皆が皆、マックスと呼ぶので、自分でも知らぬ間にマックスが本名だと思っていた。

「マクスレイド……。視(み)えて来た」

 占い師の手にある水晶球が淡く光る。

「ふむふむ……」
「何? どうなの?」
「急かすんじゃないよ」

 占い師はそう言って、マックスを水晶球から離した。

「見えたよ。全ては見えなかったけど、近い未来なら……。聞きたいかい?」
「当り前だろ」

 ここまで言われて聞かなかったら、夜も眠れなくなってしまう。マックスは占い師に詰め寄った。

「お前さんは近いうちに、長年夢を見た事が叶うよ」
「え!? ホント!?」
「ああ。だが、大切な物を二つ、同時に失う事になる」

「え……何それ……」

 マックスは占い師の顔を見た。

「一つは今一番大切にしているモノ。もう一つは、今の生活だよ」
「そんな……」

 頭から冷水を浴びた気分だ。
 自然と顔が俯く。しかし占い師は冷たい言葉しかかけてくれなかった。

「諦めるんだね。どうにもできないよ。それがお前さんの運命さ」

 占い師はさっさと道具を片付け始めた。
 マックスは暫しその場に立ち尽くしていた。



「お帰り。マックス。どうかしたの?」

 家に戻ると、マキが笑顔で迎えてくれた。
 だがマックスにはその笑顔に答える事ができなかった。

「何でもない」

 一言呟いて、彼は部屋に戻って行った。

「どうしたんだろ……」

 マキはじっと、彼が登っていった階段を見つめていた。





 マックスが占い師に会ってから、一年が過ぎた。
 その一年は何気ない日々が続いた。あったといえば、マックスが騎士団の試験に受かった事だった。

「おめでとう。マックス」

 極上の笑顔でマキに祝されて、マックスは笑顔で返した。

「ありがとう。でも部隊長に選ばれるにはまだまだだけどね」

 そしてもう一つ。

「マキ、そろそろ休まないと、身体に悪いわよ」

 母親が声をかけた。マキはしぶしぶ立ち上がる。
 この一年で、マキは病気にかかっていた。それもマックスの両親がかかった病気と同じ物だった。治す事は無理だというものだ。

「じゃ、お休み。マックス」

 マキは微笑んで階段を登って行った。
 一年前の占い師の言葉がリアルに蘇る。

 ――大切な物を二つ、同時に失う――

「マックスも早く寝なさい」

 叔母の声でマックスは我に返った。

(考えても無駄だよな……)

 素直に返事をして、彼も階段を登って部屋に戻った。



 それから一月の間に、マキの具合がどんどん悪くなり、とうとうベッドから起きる事すら出来なくなっていた。
 マックスはずっと彼女についていたかったが、騎士団の仕事は思いのほか忙しく、家に戻れない日々も多々あった。

「マキ……」

 ベッドの傍の椅子に腰かけて、彼女の細い手を握ったまま、マックスは呼びかけた。
 少し前まで歩きまわったり、怒ったり笑ったりしていた面影はほとんど残っていなかった。
 もうこのままあの頃の元気なマキが見れないのかと思うと、次第に涙が溢れた。

「マックス……? 泣いているの…?」
「な…泣いてない!」
「そう……。マックスが哀しいと、私も悲しくなるから泣かないで」
「大丈夫だよ。泣いてない」

 無理矢理笑顔を作ってマキを見た。マキも微笑んでくれた。

「私、マックスの事、ずっと好きだった」
「マキ……」

 彼女はもう片方の手を伸ばしてマックスの頬に触れる。

「ずっとこの生活が続くと思っていた」
「な、なに…言ってんだよ。ずっと続くに決まってるだろ? だから、早く元気になれよな?」

 泣くまいと決めたが、やはり涙は止まらなかった。

「うん…」

 今にも消えてしまいそうな儚い笑顔を浮かべてマキは頷いた。

「――マックス」
「何?」
「今夜は月が出てるかな?」
「え? ちょっと待って」

 マキの手を離してマックスは近くの窓に立った。カーテンを開け、窓を開けると空に蒼い月が出ていた。

「今日は『聖蒼の光』なんだ……」

 彼女の側に戻って言う。マキは嬉しそうに微笑んでいた。

「月、出てるんだ」
「うん。何かあるの?」

 椅子に座りながらマックスは訊ねた。マキは首を縦に振った。

「マックスがこの家に来た時も『聖蒼の光』だったんだよ」
「知らなかった」
「じゃあ、覚えていてね。私もずっと覚えているから……。忘れないで。ずっと何時までも……」
「うん。わかった」

 マックスが頷くとマキは瞳を閉じた。

「マキ……?」
「ちょっと疲れちゃった。マックスとこんなに話したのは久しぶりだから……」
「そうだったっけ? ごめん。ずっと忙しくて」
「気にしないで」

 そう言ってマキはとうとう黙った。マックスは何か話そうと思ったが、言葉が見つからず、黙って彼女の手をずっと握っていた。
 空に蒼い月が輝いていた。
 下の店では他愛のない声が聞こえていた。

「マキ……」
「……何?」

 うっすらと瞳を開けた彼女を見てマックスはほっと溜息をついた。そして考える。
 呼びかけたはいいが何を話そうか……。

「マックス…?」

 まだ彼女に言っていない事を思い出し、マックスは彼女の手を握る力を強めた。

「マキ。俺もマキの事がずっと好きだよ」
「マックス……」

 彼女は驚いていたが、すぐに微笑んだ。

「うん。私も……」

 下の店が急に静かになった。

 突風が部屋に入り、彼と彼女の髪を揺らした。
 風が収まると、マキは微笑んだまま息を引き取っていた。





「えーっと。確か今年入った人だったよな?」

 城の渡り廊下を歩いている時、後ろから声を掛けられて彼は振り返った。
 一つに結んだ背中まで伸びた茶色の髪が揺れる。
 後ろには背の高い男が立っていた。

「名前は……マクスレイドだったかな?」
「ええ。そうです」

 彼は頷いた。男は微笑んで言った。

「長い名前だな。何かいい愛称はないかな?」
「そうですね……」

 廊下から外を見た。空は晴れ渡っていて気持ちがいい。
 もらったばかりの制服に風がまとわりつく。

「それじゃあ、『マキ』なんてどうでしょう?」
「『マキ』? 彼女か何かの名前か?」

 男性は笑っていた。

「ええ。大切な人の名前です」

 瞳の奥に赤っぽい茶髪の少女の姿が浮かび上がる。いつも極上の笑顔を自分に向けてくれた大切な人。

「そうか。大切な人か……」
「ところで、何か御用ですか? キリュウ様」
「ああ、そうだったな」

 キリュウが思い出したように話始める。
 何処かで少女の笑い声が聴こえた気がした。





●後書き●
 全然Mobius Ringとは違う世界になって驚きです(汗)
 マキ……マクスレイドさんの過去という話ですがいかがだったでしょうか。
 何で『マキ』と名乗っているかというところから、この話が出来ました。
 実は、初期ではマキは『マキ=ブリューゲル』が本名だったんです。何時からか『マクスレイド』という名前になって…。やっぱ理由が欲しいよな〜、って事で書きました。
 朔也はどうもハッピーエンドになる話を書くのが下手(嫌い)らしく、これもこんな話になりました。いや、もともと、この話を書こうと思った時点で、ハッピーエンドにはしないと決めてましたケド…。
 「こんな話嫌いだーッ!!」と言われても困りますので、勘弁して下さい。



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