Mobius Ring第一回カップリング投票第三位小説

バデリオの魔道書



 カナムーン国。
 春はもう過ぎ、夏が近くなっている。
 城や街の木々は青々と茂り、太陽は白を基準で造った城や石畳を眩しく照らしていた。
 空気も乾いていて、洗濯にはもってこいの日だ。子供達が広場の噴水の周りで遊んでいる。
 この天気もあと二、三日で終わり、再び十日程雨が降り続ける。その後は、皆が楽しみにしている夏祭りの始まりだ。



 カナムーン城は全ての窓を開け、風を取り込んでいた。
 南側に面しているレイニーの部屋は少し暑かったが、風通りのいい、薄い生地の服を着ていたので丁度良かった。

 半時前からレイニーは机に向かって何やらうめいていた。カナムーン城で暮らすと決めてから、王女としてそれなりの知識、礼儀その他は身に付けなくてはいけないと言われ、今、カナムーン国の歴史の勉強をしていた。

 近くの椅子には、茶髪を短く切り揃えた涼しげな髪の女性がいる。瞳の色は黄色で、歳は三十前後か。脚を組み、その上に本を広げて静かに読書をしていた。彼女はレイニーの教育係りなのだ。主に勉強や礼儀作法を教えている。
 剣の方は兵士達や将軍らから教わっている。盗賊団に居た頃から様々な特訓や一般常識、カナムーン国やメサム国の歴史、その他の勉強は一通りやっていたので、復習のような感じで今は勉強をしている。

「そろそろ時間です」

 側のテーブルに本を置き、茶髪の女性が立ち上がってレイニーの側までいく。レイニーは今まで睨み合っていた本を閉じて口を開いた。

「えっと……。何処から言えばいい?」
「終わり頃ですね。イタカ町の橋の建設からです」
「ん…。438年イタカ町の西の橋完成でしょ。490年、前国王死亡…。それで――」





 同じ頃。タナは図書室の整理を手伝っていた。
 受付の娘が一人でやっているのを見て、特に用事の無かったので手伝う事にしたのだ。
 黙々と二人で丁寧に本を棚に戻していく。

 ふ、とタナは一冊の本に目が向いた。その本は今まで見た事のない本だった。
 何か嫌な予感がし、その本に結界を張って棚から取り出す。随分と古い本で、中は日に焼けて茶色く変色していた。装丁は意外と綺麗で、縁は金で囲まれており、深い緑の表紙が少し黒くなっている。
 タナは何気なく本のタイトルを口にした。

「“バデリオの魔道書”…?」

 途端、本は空に浮き、バッ! と開いた。結界が全く効いていない。
 タナは慌てて自分と受付の娘を守ろうと結界を張る。娘はタナの後ろでじっと本を見つめていた。

 バラバラと大きな音を立て、本のページが勝手にめくれていく。半分程いった後、本から白く半透明な細い腕が二人目掛けて伸びてきた。
 一度は結界に阻まれ、腕は全く届かなかったが、次は結界を破壊し、タナへと腕を伸ばした。タナは受付の娘を庇い、攻撃しようと呪文を唱え始めたが、白い腕の方が動きが早く、タナに巻きついた。

「タナ様!」

 娘がタナから腕を放そうとするが、全くビクともしない。そうこうしているうちに、タナは魔道書に取り込まれてしまった。

 パタン。

 小さな音を立て、魔道書が床に落ちる。
 娘はその音で我に返り、そっと魔道書を拾って図書室を飛び出し、王宮魔道士長のアリーネの元へ走った。





「違います。572年は城壁の強化です」
「あー、そうだった……」

 レイニーは呟いて机の上に頭を乗せる。茶髪の女性は本を閉じてお茶の用意を始めた。

「少し休憩にしましょう。朝からずっと机に向かったままでしょう?」

 ぱっと頭を上げ、レイニーがソファーに座ろうとしたその時、部屋の扉が激しくノックされた。レイニーが返事を返す前に慌しく扉が開き、淡い黄緑色のドレスを着た金髪の少女マリアが部屋にやってきた。

「失礼します、お姉様!」
「ま、マリア…?」

 腰まで真っ直ぐ伸びる黄金の髪が少し乱れている。王女らしからぬ廊下を走って来たのだろう、僅かだが肩で息をしているマリアを見て、レイニーは驚いてソファーから立ち上がった。

「お姉様大変です…! タナが魔道書に取り込まれてしまいまして……」
「……は?」
「今、アリーネ様をはじめとする様々な方々が救出作戦会議をやってますわ」

 切羽詰ったマリアの言葉にレイニーは首を傾げるしか出来なかった。

「ちょっと待って、理解し難いんだけど……」

 首を傾げる姉を見て、マリアはガシリとレイニーの腕を掴む。

「百聞は一見にしかず、ですわ! こちらです!」

 思いのほか力の強いマリアに引きずられ、レイニーは地下の魔道士研究所へ向かった。





 地下の魔道士研究所には黒髪の女性アリーネをはじめとする魔道士数人と、見慣れた青年カレンと魔法使いの少年ダリがいた。

「バデリオの魔道書か……。カナムーン国にあったなんて……」

 話し合いをしている大人達を見つめ、ダリが誰となく呟く。隣に立つカレンは茶髪の少年を見た。

「知ってんだ?」
「そういうのがあるよ、くらいは。何処かの国に厳重に封印されているって噂だったけど……」

 アリーネの張った結界の中から出ようとする本が小さな火花を散らす。

「第一、バデリオの魔道書は魔物や悪魔とかが封印されていて、それを召喚する為の本なんだ。魔道書の中の魔物がタナの力に魅かれたのかも知れないね」
「でも、勝手に本が開いたりするのか?」
「まあね。だから封印するんだよ。タナも結界を張っていたはずだし……。よっぽどタナの力が欲しかったのかな…?」

 バタバタと研究所の人達が入れ替わり出たり入ったり繰り返す。それに混ざって銀色と金色が二人の元へやってきた。

「バデリオの魔道書? 何だそれは……」
「だから、魔物や悪魔が封印されている本なんだって」
「本が自らタナを引き込んだのか?」
「アイオンの力を持ってるからじゃないのか? 有り得なくはないよ」

 カレンとダリの様に質問を繰り返しているのはメサム国の銀髪兄弟、第一王子エルスと第二王子のソリューネだ。二人の後ろからマリアに引きずられてレイニーが姿を現した。四人はカレンとダリの側に立ち、様子を窺う。
 暫く結界内の本が火花を散らしていたが、構わずアリーネは六人を振り返った。

「準備は出来ましたか?」
「準備?」

 レイニーが首を捻るが彼女には答えずカレンが頷く。

「ああ。ダリとソリューネと、レイニーが行く」

 カレンの言葉にレイニーはダリとソリューネを交互に見た。言われてみれば二人とも旅をするような格好をしていた。
 ダリは何時もの魔道士協会の制服。ソリューネは動き易い青の上着に黒のパンツ。そして腰には剣を携えていた。

「ほら」

 カレンがレイニーに剣を投げ渡す。

「魔道書の中に入って、タナを助けて来い」
「う、うん……」

 漸く状況を理解したレイニーの表情が曇る。その彼女を励まそうとカレンは肩を軽く叩いた。

「タナ自身なのかタナの魔力を欲したのかは分からないが、すぐに殺される事はないだろう」
「うん」

 カレンの言っている事を分かったレイニーは目を閉じ、大きく深呼吸をしてゆっくりと目を開き、頷いた。

「大丈夫」

「よし、行って来い。本当は俺も行きたかったんだが……」

 自分は様々な気や力に簡単に感染されるしな。

 言い訳がましく言うカレンをダリは半眼で睨み付けた。

「それでは扉を開きます。できるだけ早くお戻り下さい」
「了解」

 アリーネの言葉に三人は頷いた。
 彼女の呪文に魔道書のページが捲れていく。
 そして三人は魔道書の中に入った。





「アリーネ様の話じゃ、タナは一番最後のページにいる筈だって。ある程度はページを飛ばせるけど、最後のページに近付けば近付くほど、無理なんだって。だから自分達で歩いていくしかないんだってさ」

 近くの扉を開けるダリ。レイニーとソリューネは黙って彼の話を聞いていた。

「道は一本道だけど、この本は悪魔や魔物がいるからね。戦わないといけないかもって」
「面倒臭いな」

 周りの景色を見ながらソリューネは呟いた。
 辺りは暗く、ダリの魔法の明かりで見える範囲だと、廊下を歩いている感じだ。だが、扉を潜る度景色が変化していく。
 何度目かの扉を開けて、アリーネからの補助魔法が消えたのに気付いた。

「ここからは自分達で行くしかないね」

 扉の前に立ったままダリが言った。

「あと少しみたいだけどな。もう少し頑張ってくれればいいのに」

 残りのページ数を考えてソリューネが零す。ダリは大きな扉を見上げた。

「仕方ないよ。アイオンの血縁者って言っても人間なんだから限界はある。これ以上無理するとアリーネ様が倒れちゃうよ」

 大きな扉に体重をかけて押し開く。

「帰りの事もあるんだし……」
「でも、タナなら中から出る事は出来るんでしょ?」

 扉を開くのを手伝いながらレイニーは尋ねた。

「うん…。でも気を失っていたり、魔力を奪われたりしてたら無理だからね。ソリューネ王子も帰り道をつくる事は出来るみたいだけど、それまでに魔力をかなり消耗するからって」

 扉を開けると広間のような部屋があり、左右に柱が等間隔で立っていた。その部屋の中央には、

「ドラゴン…?」

 暗くて良く見えないが間違いないだろう。魔法の明かりを反射して、僅かに光る鱗。
 ソリューネは二人に尋ねた。

「どうする?」
「素直に話すしかないね。もしかすると協力してもらえるかも」

 そう答えてダリは部屋全体を明るくした。
 明かりに目を覚ましたのか、ドラゴンがゆっくりと顔を上げた。
 黒く煌く鱗と血のように赤い瞳を持つ龍。

「人間の言葉が分かるのなら応えて欲しい」

 ドラゴンの正面に立ち、ダリははっきりと声をかけた。駄目なら古代語で話そうと思った時、地を這うような低い声が三人に届いた。

『人間、何用だ』

 流石知能の高い種族。戦闘を避けることもできるだろうと思い、ダリが素直に話す。

「先程仲間がこの魔道書に囚われたんだ。助ける為に僕たちはここに来た」
『黒髪の……魔法使いか』
「そう、彼」

 このドラゴンは全てを知っているのだろう。ダリは頷いた。

『その人間なら一番奥だ』

 意外と様々な情報を提供してくれるドラゴンに驚きつつ、ダリは「やっぱり……」と呟いた。

『だが、お前達には無理だ』

 ドラゴンは冷たくそう言い放った。思わずレイニーが訊き返す。

「どうして?」

 ドラゴンはダリからレイニーへと目を移して静かに答える。

『ここ、魔道書自身――バデリオがその魔法使いに魅かれているからだ。言って返してくれる筈がない。ましてや戦って勝てる相手でもない』
「そんな……」
『自分達の世界に戻るというのなら、道を開こう。先へ進むと言うのなら、私を倒していくがいい』

 のそりとドラゴンが立ち上がる。ダリはレイニーの側まで戻り、尋ねた。

「聞かなくても分かるけどさ、レイニーはどうする気?」
「分かってるんでしょ? ……タナを助けるまで戻らない」

 はっきりとレイニーは言い切った。ソリューネも二人の側まで行き、「俺も賛成」と言った。

「そういう訳で、扉を開いてくれ」

 ソリューネがドラゴンに言う。ドラゴンは笑って、

『私を倒して行け、と言っただろう』

 淡い光に包まれ、姿を変えた。
「面白いな。お前達人間は」
 ドラゴンは人間の姿へと変わっていた。黒い髪に赤い瞳の中々の美形だった。

「お前たちに協力しよう」
「え? ありがとう…」

 三人を代表してダリが礼を言った。ペコリと頭を下げた後、じっと見つめる。

「もしかして、闇龍?」
「闇龍がどうして魔道書の中に?」

 ダリの言葉を継いでソリューネが闇龍に尋ねる。大体の予想は出来るが、本当の事を知りたかった。
 闇龍は息を吐き、肩を竦めた。

「封印されたのだ。闇龍は数を減らしてきているのでな」
「誰に……え? まさか……」

 尋ねていくうちに答えに気付くソリューネ。闇龍は苦笑いを浮かべた。

「そう。バデリオという魔法使いにだ」
「じゃあ、タナは……」

 ダリも答えが分かり、小さく呟いた。

「バデリオ本人に捕まっているのだろう」
「は? もっと分かり易く説明してよ」

 雰囲気を壊すかのように、レイニーが三人に尋ねた。

「そうだった……。レイニーは魔法使いじゃないんだよね……」

 ダリは一度深呼吸をして、分かり易く説明を始めた。

「この魔道書は、ある魔法使いが作ったんだ。魔物や悪魔や、彼のような龍を封印する為にね。ここまでは分かる?」
「うん」

「その魔法使いの名はバデリオ。自分の名前を魔道書につけるのは別に珍しくはないけど、その所為で僕達は違う風に考えていたんだ。
 バデリオが作った魔道書には違いないけど、そのバデリオ自身がこの魔道書にいるんだ。で、バデリオがタナの力に魅かれてか何でなのかは分からないけど、一番奥のページにタナを捕らえているんだ。分かった?」

 最後に尋ねる辺りがダリらしい。レイニーは今の話をよく考えて頷いた。

「タナを助けるにはバデリオを倒さなきゃ無理って事ね」
「そういう事。その時にここに封印されている魔物達がどうなるかは知ら…ない……」

 ダリの呟きに、三人は闇龍を見た。闇龍は三人の視線を受けて肩を竦めた。

「一緒に滅ぶだろう」

 闇龍の言葉に三人は驚き、聞き返す。

「じゃあ、あなたも…?」
「いや、封印が解ければ大丈夫だ」
「良かった……」

 ほっと胸を撫で下ろすレイニー。その様子を見て、闇龍が言った。

「さあ、行こう。いつまでもここで話をしている場合ではないのだろう?」

 このセリフに三人は頷き、扉を開いた。





「闇の龍を仲間にしたみたいね……」

 地下の魔道士研究所。結界の中にある魔道書を覗き込んだまま、アリーネが呟いた。彼女の側にはカレンとマリアとエルス、そしてアリーネの部下の魔法使いの男がいた。

「闇龍の封印は後できちんと解くんですか?」

 男が顔を上げ、アリーネに尋ねる。

「ええ、勿論よ。お礼はきちんとしなくてはね。闇龍のお蔭でペースが速くなったわ」

 アリーネの言う通り、魔道書のページのめくれ方が速くなった。後半時もすれば最後の、タナが囚われているページに辿り着くだろう。





 扉を開けているダリとレイニーを見ながら、闇龍が口を開いた。

「後数ページだな」

 まだそんなにあるのかと、ソリューネはウンザリしていた。

 ギィッ、と嫌な音を立てて扉が開く。ダリは部屋全体を魔法の明かりで照らした。
 闇龍がいた部屋と同じで、左右に等間隔に柱が立っている広間だった。部屋の奥には扉が見えた。

「誰もいない……?」

 最後に部屋に入ってきたソリューネが呟いた。
 見える範囲には何もいないが、警戒心を解くことなく、扉へと歩いていく。先頭を歩いていたダリの手が扉に届く瞬間、目の前に黒い肌の魔物が天井から飛び降りてきた。

「――わっ!」

 四人の周りを複数の魔物が囲む。血のようなどす黒い毛並みを持ち、口は耳まで裂け、目は血走っている魔物。
 長い腕の先にある鋭い爪の攻撃を咄嗟に避け、ダリは呪文を唱えた。

「薙ぎ倒せ、蒼き息吹よ!」

 あまりに接近している為、派手な魔法は使えず、魔物との距離を取る為風の魔法を放つ。ダリを中心に、近くにいた三匹の魔物を部屋の隅まで吹き飛ばした。

「……何かおかしいよ?」

 魔法を放った時の違和感に、ダリはソリューネに尋ねた。魔物の腕を斬り落とし、ソリューネは尋ね返す。

「何がだ」
「なんて言うか、普段より威力が弱いような……」

 レイニーの死角から襲い掛かった魔物に向けて魔法を放つ。魔法を喰らった魔物は床に倒れたが、致命傷ではなかったらしく、魔物はすぐに起き上がった。

「魔法が効いてないよ!?」

 確実に倒したと思っていたダリは、起き上がった魔物を見て混乱し始める。

「いや……魔法が効いてないんじゃない」

 腕を斬り落とした筈の魔物は、新しい腕を生やしてソリューネに襲い掛かった。

「回復力が高いな……」

 再び腕を斬り落とすが、すぐに元に戻っていた。
 部屋の隅に吹き飛んだ魔物も復活し、戦いに加わる。
 ダリは呪文を唱えた。

「切り裂け!」

 複数の魔物を風の刃で斬りつける。黒い血を流す魔物だったが、すぐに傷口は塞がれた。

「どうするの?」

 ダリの魔法が効いていない魔物を見て、レイニーが尋ねた。

「頭、吹き飛ばす? それとも回復できないくらいに切り刻む?」
「レイニーって顔に似合わず怖い事言うね……」

 ダリは苦笑いを浮かべて魔物の攻撃を避ける。そのまま背中を合わせるかのように立っているソリューネとレイニーの間に立ち、彼らに援護を頼んだ。

 目を閉じ、魔力を高める事に集中する。

 回復力が高い魔物なら、その回復力を逆に生かして滅ぼす事が出来るらしいが、自分にはそんな器用な真似は出来なかった。そもそも専門外だ。
 ならば、先程レイニーが言っていたように、回復できないくらいに切り刻むしかないだろう。

「風よ、切り裂け!」

 先程以上の威力の風の刃が魔物に襲いかかり、体全体を深く切り刻む。
 回復する前にダリは続けて魔法を放った。

「無に還せ黒き焔よ!」

 闇龍が側にいるため、闇の力を借りて火と掛け合わせて魔法を放つ。
 地面から黒い火柱が上がり、全ての魔物を飲み込んでいく。ソリューネが咄嗟に結界を張り、炎から身を守った。

 轟音を立てて燃え盛る黒い炎は、天井まで焦がす勢いだったが、魔物全てを倒すには威力が弱かったらしい。炎の間から魔物の影が幾つか見えた。

「バデリオが邪魔をしているようだな……」

 闇龍が小さく呟くと、炎の勢いが増し、魔物を全滅させた。
 魔物のいなくなった部屋を見渡し、闇龍が関心したようにダリに言う。

「人間、小さいわりには魔道力は素晴らしいな」
「小さいは余計だよ。ま、上位魔法使いの名は伊達じゃない、ってね」

 にっこり微笑んで扉へと歩いていく。

「二つの属性を掛け合わせる事は出来るけど、三つとなると無理だけどね」
「三つはタナが得意だったな」

 ダリの後ろを歩きながらソリューネが言った。
 ダリとレイニーは再び一緒に扉を開け放った。

「痛っ」

 扉を開けた途端、レイニーの頭に何かが落ちてきた。彼女は頭を擦りながら何だろうと足元を見下ろした。
 思わず座り込み、頭に当たった物を拾う。

「タナ……」

 レイニーが拾ったものは、マハタック国へ行く時にレイニーがタナにあげたブローチだった。
 楕円の大きなルビーが中心にはまっており、左右に白い天使の羽が付いているブローチだ。しかしこのブローチは羽が片方欠けていた。

「この次の部屋だな」

 闇龍が扉へと向かう。ソリューネとダリは黙って彼に付いて行った。レイニーはブローチをポケットにしまい、後を追った。

「レイニー、どんな状態だったとしても、取り乱さないと約束して」

 扉に手を置き、ダリが言った。

 最悪の状態――タナが死んでいても。

 レイニーは「わかった」と頷いた。実際見ないと分からないが、自分に言い聞かせる様に頷いた。

「じゃ、開けるよ」

 今度はダリとソリューネの二人が扉を開けた。





「私の魔道書へようこそ」

 部屋の真ん中を赤い絨毯が奥まで敷かれてあり、その先には豪華な椅子があった。その椅子には見た事のない紋様の入った服を着たタナが座っていた。隣には茶色の髪を腰まで伸ばし、白いドレスを着た女性が立っていた。
 瞳の色は明るい灰色で、そばかすが少しあった。

「封印を解く為と言っても、人間に手を貸すなんて、闇龍も落ちぶれたものね」

 クスクス笑いながら彼女は言う。

「まあ、いいわ。好きにしなさい。それより、彼を見て……」

 そっとタナの顔に手を伸ばし、優しく触れる。

「あのアイオンにそっくりよ」
「やめて……」

 弱々しくレイニーが呟く。今にも泣き出しそうな声だったが、今にも斬りかかりそうな表情だった。

「それくらいにしたらどうだ。バデリオ」

 闇龍の言葉にダリとソリューネは驚いて彼を見た。二人はバデリオというのが男だと思っていたのだ。
 名前で判断してはいけない、と二人は心に決めた。

 そんな二人に構わず、闇龍とバデリオの会話は進んでいく。

「アイオンは若くして死んだ。お前も知っているだろう。彼は別人だ」
「でも、アイオンの魂よ。生まれ変わりよ。彼は私のものよ。誰にも邪魔はさせない……」

 タナから手を離し、レイニーに向けて手をかざし、バデリオははっきりと言った。

「憎らしい……。私から彼を奪ったあの女にそっくり…。一度ならず、生まれ変わってまであの女に似てる女を好きになるなんて……」
「危ないッ!」

 ソリューネが素早く結界を張ってくれたお蔭で、レイニーはバデリオの魔法を喰らわずにすんだ。だが、直撃を免れただけで、魔法の余波を喰らい、床に膝をつく。バデリオは続けて攻撃魔法を放った。

 この魔道書を作り、凶悪な魔物や悪魔を封印する程の力の持ち主のバデリオの魔法を防ぐには、ソリューネの結界だけでは無理だと判断し、ダリが結界を強化させるが、バデリオの魔法は結界ごと術者を吹き飛ばした。

 壁に叩きつけられ、ダリとソリューネは動かなくなる。
 バデリオに封印されている闇龍は手も足も出ない。

 バデリオはレイニーを見据えて、赤い口の端を吊り上げた。

「恨むのなら、あの女を恨むことね」

 それだけ言って呪文を唱える。結界を張る事も避ける事も出来ないレイニーを確実に殺す魔法だ。
 レイニーは目を閉じて椅子に座っている黒髪の青年に向かって、心の中で謝った。

(ごめん、タナ。助けられなくて……)

 彼の姿をしっかりと目に焼き付けておこうとしたが、バデリオの呪文を唱える声が止んでいるのに気付いた。そちらに目を向けると、バデリオは目を見開いて自分の腕を見ていた。

 何が起きたのか、バデリオの右腕の、肘から先が消えてなくなっていた。

 彼女は驚愕し、椅子に座っている黒髪の青年を見た。
 レイニー達には目を閉じて静かに座っているタナの姿にしか見えないが、バデリオの目には脚を組んで椅子に座り、こちらを睨みつけるように見上げる、黒髪の青年の姿が見えていた。

 青年が口を開き、何かを呟くと、バデリオの体が光に包まれた。
 光は部屋全体に溢れ、すぐに収まった。椅子の側に立っていたバデリオの姿は消えていた。

「レイニー…? 一体何が……」

 ダリとソリューネが目を覚まし、尋ねる。しかしレイニーも闇龍も何が起きたのかは分からなかった。

「アイオンが居たような気がしたけど……」

 ゆっくりと立ち上がり、レイニーは椅子に座り続けるタナの側へ歩いていく。
 部屋の景色が歪み始めた。
 レイニーはタナの正面に立ち、両手で彼の頬に触れた。

「タナ……」

 小さく声をかけるが、青年は目を閉じたまま全く動くことはなかった。

「急いで戻ろう。帰れなくなるぞ」

 闇龍が全員に言う。帰りの道はアリーネと共に彼が開いていた。

「帰ろう、タナ。あたし達の世界へ」

 レイニーは優しくタナに口付けた。

「レイニーさん…?」

 レイニーの魔法なのか、タナは目を覚まし、レイニーの手を取って立ち上がる。

「僕は…魔道書の中に……」

 今いち状況が分かっていないらしく、タナが呟いた。

「ほら、早く。帰れなくなるよ。後でゆっくり考えよう」

 レイニーがタナの手を引く。タナは「そうですね」と微笑んだ。




 魔道書から出た途端、バデリオの魔道書は燃えて消えていった。
 地下の魔道士研究所にはカレン、マリア、アリーネ、エルスをはじめとする面々が揃っていた。

「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「気にすんなよ。タナが無事に戻ってきただけで充分だ」

 皆の代表としてカレンが笑顔で言った。

「俺たちよりレイニーにちゃんと謝れよ」
「あ、はい」

 素直に返事をして、タナはレイニーに向き直る。

「助けに来てくださって有難う御座いました」
「当然じゃない。あたしよりさ、二人にもちゃんとお礼、言ってあげて。あと闇龍にもね。彼が協力してくれたお蔭で随分早く、タナを助ける事が出来たんだし」
「有難う御座います。ソリューネ王子も僕の為にわざわざ……」

 ソリューネは「気にするな」と一言言ってそっぽを向いた。ダリが笑みを浮かべてタナとレイニーに言う。

「二人とも休んだら? 疲れてるでしょ?」

 ダリの言葉に二人は素直に頷いて魔道士研究所を後にした。



 タナの部屋には、彼とレイニーが二人きりで居た。タナは何時もの格好に戻っており、レイニーは少し残念がっていた。
 二人仲良くソファーに座って話をしていた。

「レイニーさんを護ると言っていたのに、逆に助けられて、何だか情けないですね」
「そんな事ないよ。タナがいなくて淋しかったけど、タナの為に何か出来るって思えたから……。でも二度とこんな事は嫌だけど……」

 タナの肩に頭を預ける。

 やっとこうして触れ合える事ができて嬉しかった。目を閉じて雰囲気に浸る。このまま眠ってしまいそうな程疲れていた。
 アイオンに文句の一つや二つ、言いたかったが、助けてくれたようなので勘弁しようとレイニーは思った。

 ふ、とある事に気付き、タナから離れ、彼を真っ直ぐ見つめる。

「そういえば、まだ言ってなかったね」
「何がですか?」
「タナ、お帰りなさい」

 極上の笑顔で言われ、タナは嬉しくなり、微笑み返してレイニーにキスをした。

「ただいま」


 +終+



 『Mobius Ring』第一回カップリング投票第三位を獲得しました、レイニー×タナ小説で御座います!
 下書きがあったので、それを使ったりしましたが、どうでしょうか。タナが居ない(出番が無い)話もたまにはいいかも知れませんね。ダリが目立つ目立つ。ソリューネ王子は余り目立ちませんでしたなー。
 タナファンの皆様ー! 決して石を投げたり夜道で刺したりしないで下さいねー!(滝汗)
 因みに下書き段階では、ソリューネ王子が初登場で、レイニーに思い切り嫌われるといった内容でした。本編で既にソリューネは出てるので、そのシーンはカット。残念…。
 レイニーが扉を破壊したり、子供の頃にカレンとソリューネは出会ってて、ソリューネが馬鹿にする、といった内容でした。
 もう一つ、この話は魔王を倒した後の話と考えてくださるといいかと。本編の方ではタナのブローチの羽は最終回まで欠けたりしませんので。
 何か意味不明な文章がありますが、気にしないように…。上手く書くのが難しいです。
 こういうラストは書いてて照れるー!(笑) 悲恋やバッドエンドの方が書き易いので慣れません…。
 ここまでお読み下さり有難う御座いました。




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