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00:プロローグ


「数年後、勇者となり我に刃向かう者が現れる――…間違いないのか」

 玉座に黒髪黒目の男が座っていた。この国の王だろうか。黒地に銀糸で刺しゅうされた上着と、黒のマントを身に着けている。
 椅子の肘掛に肘をつき、頭を手で支えながら目を細める。

 玉座の左隣には金髪を短く切り揃えた背の高い男が、橙色の瞳を何処か遠くに向けて佇んでおり、反対側には黒髪緑目の女が一切の隙を見せずに立っていた。
 玉座から伸びる絨毯の先には一人の男が跪いており、頭を下げたまま頷いた。

「はい、間違いございません」

 目に見えない力に気圧され、男の体は小刻みに震えていたが、王は構わず口を開いた。

「お前たち、必ず見つけ出してこい。くれぐれも殺すなよ」

 玉座の両隣に立つ男女は「御意」と短く答えて、空気に溶けるかのように姿を消した。
 王は玉座の先で跪いている男に「下がれ」と命じ、立ち上がった。瞬時に周りの景色が変化し、玉座とは違う広い空間が現れる。
 部屋の左右の天井近くの壁にはステンドグラスがはまってあり、そこから月の光が差し込んで床に様々な色を落としていた。
 明かりはその月明かりと、背後から溢れている青い光のみの暗い部屋だった。


 マントを翻してゆっくりと後ろを振り返る。背後には巨大な水晶の円柱が建っていた。

 青く仄かな光を放つ円柱にはいくつも亀裂が走っており、少しでも衝撃を与えれば粉々に砕けてしまいそうだ。
 円柱の中に人影が浮かび上がる。
 髪を耳の下で切り揃えた美しい女性が水晶の中に浮かんでいた。彼女の目は硬く閉ざされている。

 右手を伸ばし、水晶に触れる。感触は冷たく硬い。王はぐっと右手に力を込めた。

 白い光の波紋が水晶全体に広がる。
 魔力の風に煽られ、バサバサと黒いマントが大きくはためく。
 水晶が白く輝いた。だがそれだけで光は収まった。

 ドンッ! と円柱を殴る。しかしいくつも亀裂の入っている水晶はピクリともしなかった。

 王は己の力ではこの水晶に傷一つつける事ができないのは分かっていた。この水晶を壊すには封印を解くか、水晶に走っている亀裂が中の女に届くかのどちらかだ。
 自分に封印を解く事は出来ない。そして亀裂が女に届くのも待っていられない。もう何百年と待ち続けているのに、亀裂は一向に女に届かないからだ。

 王は水晶の中の女を忌々しげに睨みつけ、舌打ちした。

「――女神どもめ……何度繰り返すつもりだ……」

 低く呟いて王は姿を消した。


 ――直後、ピシッ、と水晶柱に小さく亀裂が走った。







 北大陸の北に位置するカナムーン国は、魔族の襲撃に遭っていた。
 城や城下町では火の手が上がり、時折轟音と共に衝撃で城が揺れる。

 黒いローブを着た女は、背中まで伸びる長い黒髪をなびかせながら、両手をしっかり握ってひたすら城の廊下を走っていた。
 瓦礫を乗り越え、気配を探りながら足を進める。
 途中、蝙蝠のような膜を張った翼を持ったトカゲが上空から襲ってくるが、素早く呪文を唱えて風の刃を起こし、その体を切り裂いた。
 足を止める事無く、次々と襲ってくる魔物を魔法で倒しながら走り続け、中庭に出た所でようやく目的の気配を見つけた。

 そこにいたのは三人の兵に囲まれて守られている金髪の女性。高い位置で結われている髪は少し乱れ、着ているドレスは裾が煤で汚れているが、海のような深い青の双眸は力強い光に満ちている。
 彼女の足元には幼い三人の子供が抱きついていた。

「――王妃様!」

 黒髪の女は声を上げた。その声に驚いて、全員が一斉に彼女を見る。すると彼らの表情が一気に和らいだ。

「ああ…アリーネ……」

 金髪碧眼の女性、カナムーン国王妃シーナが、やつれてはいるが安堵の表情を浮かべて黒髪の女の名を呼んだ。

「お待たせして申し訳ありません。……これを」

 頭を垂れながら一同に近付き、両手に持っていた物を差し出す。彼女がずっと大切に持っていた物は、金でできたイヤリングだった。

「これで少しはお子様方の魔力を抑える事ができます」

 説明しながらアリーネは地面に膝を付き、子供の左耳にそのイヤリングをつけた。王妃シーナもイヤリングを手に取り、子供の耳につける。
 三人の子供たちは大きな青い目に涙を浮かべてアリーネを見ていた。
 アリーネは安心させるように微笑んで立ち上がった。そして右腕をすっ、と上げる。
 小さく呪文を唱えると一同の周りに光の壁が出来た――直後、側の茂みから黒い狼が一頭姿を現し、襲い掛かる。だがその体が結界に触れた瞬間、狼は一瞬にして蒸発して消えた。

「ここは危険です。地下の魔道士研究所へ」

 アリーネの提案に三人の兵は王妃と三人の子供を連れて走っていく。それを見届けてアリーネは玉座へ走った。




 それから一時間程して、カナムーン国は魔族を撃退する事に成功した。隣国メサム国から応援部隊が到着したのだ。
 国王の執務室には現国王ラルスと、前国王クウォン、王妃シーナと黒髪の女性アリーネの四人が集まっていた。
 次々にやってくる報告の兵を一旦全て追い出し、ラルスは父親でもある前国王の正面のソファーに腰を下ろした。眉間を指で揉み解してから姿勢を正して口を開いた。

「今回の魔族襲撃は、子供たちの魔力を狙っての事で間違いないようですね」

 国王の三人の子供は、それぞれ魔力を持っているというのは知っていたが、どうやら三人が揃うと膨大な魔力が生じるらしい。
 まだ三つと幼い子供たちに魔力を制御する力はなく、魔族に目をつけられてしまったのだ。
 王宮魔道士長のアリーネが即席で魔力制御装置のイヤリングを作ったが、気休め程度にしかならないだろう。
 前国王クウォンは黙って息子の顔を見ていた。

「メサム国に使者を送りました。
 ――三人の子供を引き離すことにします……」

 ラルスのこの言葉に王妃は俯いた。

「仕方あるまいな……」

 腕を組み吐息と共に言葉を吐き、クウォンはソファーの背もたれに体を預けた。

 子供たちを離して育てる。
 それはこの国の為であり、子供たちの為でもある。
 子供たちがそれぞれ大きくなって、自ら魔力を制御できるようになるまでの辛抱だ。

「アリーネ」

 ラルスは部屋の扉の側に佇む黒髪の女性に声をかけた。

「はい」

「カミルとレインを連れてメサム国へ向かってくれ」
「畏まりました」

 頭を垂れ、アリーネが部屋を出て行く。ラルスは隣に座るシーナの肩を抱いてきつく目を閉じた。




 第一王子カミルと第一王女レインを連れてメサム国へ向かっていた馬車は、途中で魔族の襲撃に遭った。
 アリーネが子供たちを結界で守りながら魔族を何とか撃退させる。
 しかし彼女が結界を張っていた場所に戻ってみると、そこに子供たちの姿はなかった。


 そして十五年の時が流れた――





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