妖精の涙 〜The tear of a fairy〜


 春の日差しの暖かな日。

 東に面した部屋はポカポカと暖かく、窓を全開にすると心地よい風が吹き、カーテンを緩く揺らす。
 風と共に小さな精霊も部屋に入り込み、細く短い髪を弄んだ。
 カナムーン国の独特な織物の淡い色の絨毯の上に大きなクッションをいくつも置き、床に直接座っている黒髪の少年タナは、隣に腰を下ろしている金髪の、自分よりも幼い少女に本を読んでいた。

 金髪の少女はカナムーン国の第二王女マリアード。三ヶ月前に九歳になった可愛い少女だ。
 蒼い瞳をキラキラ輝かせ、タナの話に聞き入っている。完全に物語に入り込んでいる少女を見て、タナは小さく微笑んだ。

 暫くすると部屋の扉をノックして侍女が二人やってきた。手には銀製のトレイ。その上には冷たいレモネードと焼きたてのクッキーが乗っている。
 侍女は手際よく近くのテーブルに広げていく。それを見たマリアは行儀良く椅子に座った。タナも読んでいたところにしおりを挟んで本を持って椅子に座る。
 二人が座ったのを見て、一人の侍女がグラスにレモネードを注ぐ。グラスをそれぞれに渡したとき、再び部屋の扉がノックされた。
 もう一人の侍女が扉を開けると一人の女性が立っていた。
 艶やかな黒い髪が背中まで真っ直ぐ伸びている。瞳は黒。服装は淡い水色のワンピースだ。
 女性はタナとマリアを見て微笑んだ。

「お二人とも、本当に仲がよろしいですね」

 にっこりと微笑まれたのでマリアは顔を赤くする。逆にタナは椅子から降りて女性の側へ近付いた。

「アリーネ様、何かご用ですか?」
「少し、お使いをお願い。ワナルード山脈の洞窟に生えている“妖精の涙”を採ってきてほしいの」
「わかりました」

 頷くタナの後ろを見て、アリーネは彼の頭に手を置いて優しく撫でた。

「ゆっくりで構わないから。散歩気分でお願いね」

 こう言わないとこの少年は今すぐ駆けて行きそうだった。折角用意されたお菓子を食べ損なってしまう。
 タナが再び頷いたのを見て、アリーネは部屋の入り口に向かった。
 彼女がノブに手を伸ばしたとき、ノックもなく外から扉が開かれた。

「あ、アリーネ様……すみません」

 扉を開けた人物を驚いて見ていたアリーネにその人物は小さく謝った。
 銀髪を肩で綺麗に切り揃えた青い瞳の少年。その少年の後ろには彼よりも少し幼い、同じ銀髪碧眼の少年がいた。こちらの少年は少し怯えてアリーネを見ている。

「エルス王子、扉はノックしないといけませんよ」
「はい、すみません」

 気持ちばかりが先走ってノックをし忘れていた。アリーネはそのことを注意し、そして二人を部屋へと入れた。

 扉の向こうに消えていく女性を見届け、エルスは部屋を見回した。
 彼が思っていた通り、部屋にはこの国の王女がいた。
 侍女たちは急な客に驚いたが、二人の少年をテーブルへと招き、そしてレモネードをグラスに注いで渡す。
 グラスを受け取り、一息にそれを飲んでエルスは口を開いた。

「タナ、今日こそ勝負だ!」

 クッキーを頬張っていた幼い方の銀髪の少年は思わずむせる。
 エルスが慌てていた理由には何となく見当がついていたが、まさかこんな下らない内容だったとは。

「ソリューネ王子、大丈夫ですか?」

 侍女の一人が少年の背をさすった。ソリューネはレモネードを一気に飲み、溜息をついた。

 彼をじっと見ていた黒髪の少年は思い出したかのようにもう一人の銀髪の少年に目を向ける。
 自分と同い年の少年。
 彼とそしてソリューネは隣国のメサム国の王子だ。

 そんな事をぼんやりと思い、レモネードを一口飲んでタナは口を開いた。

「えっと……勝負……? って何のですか?」
「反応が遅い! 勝負は勿論決まっている。俺とタナ、どっちが強いかだ」
「兄上、どうやって勝敗を決めるんだ…?」

 あまりのアホらしさにソリューネは半眼になってエルスを見た。

 この兄王子はカナムーン国の王女、マリアにかなり惚れている。だがマリアの方はそんなエルスの気持ちに全く気付く事なく黒髪の少年にべったりだ。
 それを気に入らないエルスは、チャンスがあればこうしてタナに勝負を挑む。
 だがいつも何かしらの用事のあるタナはこの勝負を受けたことはなかった。
 いい加減諦めたと思っていたのに。
 巻き込まれているタナに同情し、そして半分はどんな戦いになるのか期待しつつ、ソリューネは兄に尋ねた。

 エルスは少し考え、パンと軽く手を叩いて口を開いた。

「よし、じゃあ剣で勝負だ」
「兄上、タナは魔法使いなんだよ。剣を使ったことのない奴に勝っても嬉しくないだろ?」

 すかさず反対するソリューネ。しかしエルスは次の案を出した。

「じゃ、魔法対決――」
「兄上はあまり魔法が使えないから剣技にしたんだろ? 魔法使いのタナの方が強いの解かってんだから、こてんぱんにやられちゃうよ」

 ことごとく提案に反対するソリューネ。しかしエルスは諦めていなかった。

「じゃあソリューネ。何かいい案はあるか?」
「ん〜、そうだなぁ……」

「あの……」

 今まで黙って話を聞いていたタナが遠慮気味に口を開く。
 エルスとソリューネは同時にタナを見た。

「僕、アリーネ様からお使いを頼まれていますので失礼しますね」

 レモネードを飲み干してタナは立ち上がった。二人の王子を完全に無視して部屋を出る。
 その後を慌ててマリアが追う。
 暫く状況を飲み込めていなかったエルスは、弟の肩を叩いてソリューネの腕を引っ張り、二人を追った。





 タナは後ろからチョコチョコついてくるマリアを振り返った。極上の笑顔を浮かべて説得しようとする。

「マリアード様、僕これからアリーネ様のお使いで危険な処に向かうんです。ですから城で大人しく待っていて下さい」

 こう言うとマリアはしゅんと俯いた。だがまだ諦めていないようだ。仕方なくタナは近くを通りがかった侍女を呼び止めマリアを部屋へと連れ戻すように頼む。
 マリアの青い瞳に大粒の涙が浮かんでいたが見なかったフリをし、タナは城の外へと歩き出した。



 カナムーン城を出てすぐ、タナは再び後ろを振り返った。今度は何故か銀髪の王子二人が付いて来ている。

「あの……」
「タナ、アリーネ様のお使いって何だ?」

 タナが口を開きかけたのを遮ってエルスが尋ねた。タナは王子二人を戻るように言おうとしていたが諦めて正直に話した。

「ワナルード山脈の洞窟に生える“妖精の涙”を採りに行きます」
「“妖精の涙”!?」

 エルスの後ろからソリューネが顔を出した。その表情はかなり輝いている。

「ソリューネ、知っているのか?」
「勿論だよ。妖精の涙のみで育つって言われている薬草なんだ。妖精の住み処にだけ生えてるんだよな?」

 後半はタナに対しての質問だった。

「ええ、そうです。そして妖精がいるところには必ず何かしらの魔物がいると言われています」

 脅しでも何でもなく、本当のことを言った。するとエルスの顔が少し青くなった。

「ま、魔物!?」

 声が裏返っていたりする。
 ソリューネはそんな兄を見て溜息をついた。

「兄上、実戦はまだなんだよな……」
「そ、そんなことはない! 充分戦えるさ!!」
「自分の身は自分で守って下さい。僕は自分の事だけで精一杯ですから」

 黒い瞳に冷たい光が見えた。

 もし怪我などされたら自分の所為になってしまう。
 怖いのならついて来るな。そんな輝きだった。

 エルスは一瞬怯んだが、ここで引き下がってはタナに負けてしまう。

「お前なんかに頼らなくても自分のことくらいは守れるさ!」

 思い切り強がってエルスはこう言った。隣でソリューネが呆れて見ている。

「さあ行こうタナ! そしてどっちが先に“妖精の涙”を見つけるか勝負だ!」

 やけに張り切って言うエルスにタナはこっそりと溜息をついて歩き始めた。





 街道をワナルード山脈に向かって一時間。
 春の日差しは暖かく三人を照らす。
 並ぶ木々の木漏れ日がとても綺麗だ。
 ふいにタナは街道を外れて歩き始めた。

「おいタナ。山脈はあっちだぞ?」

 全く違う方向へ歩き出す少年にエルスは尋ねた。だがタナは構わず進み続ける。

「この道の方が近いんですよ」

 砂道から芝生の道へと進む。タナはふと思い出して後ろの王子二人を振り返った。

「ここ、様々な罠が――」
「ぅわぁあぁっっ!!?」

 二人の少年の悲鳴が上がる。振り返るとエルスとソリューネが網にかかっていた。抜け出そうとするが逆に絡まり、全く網から逃れられない。
 タナは溜息をついて二人の元へ向かう。網を持ち上げてエルスとソリューネを助ける。
 服についた草や枯れ葉を払いながら二人は立ち上がった。

「何なんだいきなり……」

 銀色の細い髪に絡まった草を取りながら辺りを見回す。後ろの先程引っかかった網を振り返りながら再び歩き始めるエルス。

「何で罠なんかあるんだ?」

 タナの隣まで向かいながら尋ねる。

「この近くには盗賊団があるんですよ」
「盗賊ぅ!? 何でそんな事知ってん――っ!?」

 ずぼっとエルスの足元の地面がなくなる。そして二メートル程の穴に彼は落ちてしまった。

「何だここは!」

 とうとう少年は切れた。何とか自力で穴から這い上がる。輝きを放っていた銀髪はかなりくすんでいた。
 見るに見かねた弟のソリューネはエルスに小声で提案する。

「兄上、戻る…?」
「何を言うんだソリューネ。ここで帰ればタナとの勝負に負けることになるんだぞ」
「その前に怪我をしたら意味無いよ」
「大丈夫だ。帰るのならお前一人で…!」

 ひゅっ、と風を切って矢が数本飛んでくる。エルスは咄嗟に避けたが一本は確実に彼を狙っていた。
 だが風が起こり、矢は別の方向へと飛んで行く。

「大丈夫ですか?」

 今の風はタナが魔法を放ったものだ。タナはエルスに声をかけたが彼の姿が見えない。ソリューネもそれに気付き、エルスを捜す。

「あー! 兄上!」

 声が上がりタナがそちらに向かうと、エルスが別の穴に落ちて気を失っていた。

「お前ら、さっきから何やってんだよ」

 急に第三者の声がした。近くの木の陰から金髪の少年が姿を現す。タナやソリューネよりも少し幼い青い瞳の少年。
 少年は穴の側までやってきた。穴の中で気を失っているエルスを見、そしてタナに向かって言った。

「街道は向こう! こっちに行っても何もないぞ! 戻れ!」

 少年はかなり怒っていた。タナは素直に謝る。

「すみません。でも僕たち、ワナルード山脈の洞窟に生えている“妖精の涙”を採りに来たんです」
「“妖精の涙”? あれは早朝じゃないと駄目なんだろ?」
「ええ、ですから洞窟で一晩過ごそうと……」
「聞いてないぞ!?」

 目を覚まし、話を聞いていたエルスは穴から顔を出した。

「母上には黙ってきたんだ……帰らなかったら怒られてしまう……」

 顔を真っ青に染めてエルスが呟く。

「だから帰ろうって、兄上……」

 似たように少し顔を青くして帰ろうとソリューネは提案するが、兄は頑として首を横に振った。

「帰るならお前一人で帰れ!」

 穴から這い上がり、服の埃をはたきながら言う。
 その姿を見て、ソリューネは諦めの溜息をついた。

「夜の洞窟は危険だぞ。妖精がいるところには魔物がいるって言うし」

 金髪の少年の言葉に、そのことをすっかり忘れていたエルスは再び顔を青くする。だが母親であるメサム国の女王より怖い魔物はいないだろうと思った。
 ふふふ、と不気味な笑みを浮かべ、百面相を始めるエルスを見た金髪の少年は、

「何だったら少し休んで行ったらどうだ? 盗賊団はすぐそこだし。そっちのお兄さん、頭を強く打ったみたいだし……」

 彼の言葉にソリューネは兄を見て本日何度目かの溜息をついた。

「本当か!?」

 考えに没頭していた筈のエルスが少年の厚意に感謝して彼の両手を握り締める。エルスの青い瞳が星のように輝きを放っているのに一瞬怯みながら、少年は頷いた。

「う…うん。それに二人、メサム国の王子……だろ?」
「さあ、少年の盗賊団はどこだー!!」

 金髪の少年の問いが聞えなかったらしく、エルスは笑顔で歩き出す。
 だが勝手に進んでいたので、

「――っ!?」

 三度、彼は穴に落ちたのだった。




「ケガしてないのが不思議くらいだよ……」

 盗賊団のアジトに案内され、その中の一番大きな屋敷の一階にある食堂の椅子に腰掛け、出されたホットミルクを飲みながら、隣りに大人しく座っている兄のエルスを見てソリューネは呟いた。

 三回も穴に落ちれば軽くて捻挫、悪くて骨折くらいはしてただろう。
 だが上着の裾が少し破れたくらいで、後はケロリとしていた。
 しかし三回も落ちたのがショックなのか、先程までと比べてかなり大人しい。

 ぼーっと宙を眺めながらホットミルクを飲んでいた。

「お、本当にメサム国の王子殿下じゃないですか」

 エルスとソリューネの元に歩いて来ながら一人の青年がこう言った。金髪碧眼のかなりの美青年だ。

「初めまして王子様方。俺はライローグ。今からお二人がここにいる事を陛下へ報告に行きますが、お二人はどうされますか?」

 一緒に城へ戻るのか?と彼は尋ねている。エルスはライローグの顔を見てはっきりと言った。

「戻らない。今帰るとタナに負けることになってしまう」
「タナ?」
「この国の魔法使いだ。黒髪に黒い瞳の……」
「ああ、アリーネ様の弟子の」

 知っていたのか、ライローグはすぐに納得した。エルスは自分の言葉で思い出し、食堂を見渡す。

「そういえばタナは?」
「誰かを捜してたみたいだよ」

 隣でマグカップを持ったままソリューネが答えた。
 こんなところに知り合いなんぞいたのか。
 誰と知り合いなのかというより、そちらの方が気になっていたエルスだった。

 ライローグは逸れた話を元に戻し再び尋ねる。

「じゃあ城には戻らないんですね?」
「もちろん!」
「解かりました。では女王陛下にお伝えする言葉はありますか?」

 微笑まれてエルスはしばし黙る。そして小さな声で、

「勝手に城から出て、すみませんと……」
「了解しました」

 にっこりと笑顔を浮かべてライローグは食堂から出ていった。入れ替わりに先程、この盗賊団まで案内してくれた金髪の少年と、その少年に良く似た同じく金髪の少女がやってくる。二人は真っ直ぐにエルスとソリューネの側へ来た。そして許可なくテーブルの正面に座る。

「“妖精の涙”を探してるの?」

 少女が可愛い声で尋ねてきた。その声といい、顔といい、誰かにそっくりで、そしてあまりにも可愛くてエルスは思わず頬を赤く染める。

「え? うん、そうだけど……」
「あたしもついて行ってもいい? もちろんカレンも一緒」
「え!? お前勝手に決めんなよ!」

 隣に座っている金髪の少年は初耳だったらしく声を張り上げた。だが少女の方は彼も共に行くんだと譲ろうとしない。
 そんな二人を見てエルスは、

「タナに聞いて。俺が勝手に決めることはできないから」

 と言った。隣でソリューネが驚いているが敢えて無視。

「タナってさっき一緒にいた黒髪の…?」

 少年がそう言うと、タイミング良く黒髪の少年が食堂へ入ってきた。金髪の男と一緒だ。

「すみません。暫くお世話になります」

 礼儀正しくタナは頭を下げて言った。男性は笑いながらタナの背中を叩く。

「気にすんなよ。俺たちは国に世話になってるし、お互い様だって」
「有難う御座います」

 二人の会話が終わるとタナと男性は真っ直ぐに王子二人のところへ来た。

「初めまして王子殿下。私はカフジア。この盗賊団の頭をやってます。どうぞ宜しく」

 深く頭を下げ、金髪の男性が自己紹介をした。慌ててエルスとソリューネは立ち上がる。

「初めまして。私はエルス=メサムです。こちらこそ宜しくお願いします」
「僕はソリューネ=メサムです。初めまして、ミスター・カフジア」

 一通りの自己紹介をして二人の王子は椅子に座り直した。それを見届けて金髪の少年が口を開く。

「カフジア、レイニーが一緒に行くって言ってんだけど……」
「カレンもよ」

 すかさず付け足す。カフジアは二人を見て笑い出した。

「ライローグが今出てるからな〜。レイニーは留守番だ。カレン、お前はついて行って道案内をしてやれ」
「「えーー!?」」

 二人同時に、だが全く意味の違う声を上げる。

「道案内はレイニーにやらせればいいじゃんか。こいつ、行きたがってるんだし」
「そう言うなよカレン。レイニーには危険すぎる」
「ちぇ、しょうがないな……」
「しっかりついてろよ。また王子たちが穴に落ちちまう」

 わははは、と声を上げて笑うカフジア。だが王子たちは笑えなかった。

「じゃ、タナしっかりな」

 ばんばんとタナの背中を叩いてカフジアは食堂を後にする。入り口まで向かって一度振り返った。

「おい、レイニー」
「むぅ……」

 頬を膨らませてレイニーは椅子から立ち上がった。そんな少女を見てカレンが微笑みを浮かべる。

「何かお土産持って帰るから、大人しく待ってろよ。勝手に付いて来たらお前が怒られるんだからな」
「わかってるわよ」

 頷いてはいるが、かなり機嫌は悪い。だが根は素直そうなので勝手についてくるという事はしないだろう。
 カフジアの元へ向かう前にレイニーはタナの隣に立ち、そっと手を握った。

「……久しぶり……」

 小さく聞き取りにくい声でそれだけ言い、彼女は食堂を後にした。

「お、おい、タナ……あの子と知り合いなのか?」

 目敏く、そして鋭くエルスが尋ねてきた。あんな可愛い子とタナが知り合いだなんて思えなかったからだ。
 じっと食堂の入り口を見つめていたタナは微笑みを浮かべた。少し頬が赤い。

「数ヶ月前に何度かこの近くでお会いしたことがあるんです」
「あー、レイニーが罠に引っかかっていたところを助けた黒髪のお兄さん!」

 その時のことを思い出してカレンが言うとタナは頷いた。
 エルスは今まで見たことのないタナの表情をじっと見ていた。

「で、タナ。何時出発するんだ?」

 全く関係ないという顔をしてソリューネが尋ねる。

 こんな勝負だか何だか解からないものを早く終わらせて、城へと戻りたがっていた。
 この質問に先程までの笑みは消え、いつものタナの顔に戻る。

「出発は深夜三時です」
「“妖精の涙”って、朝日を浴びて花開くってやつだろ? 洞窟の中に生えてるの、可笑しくないか?」

 歌のようなフレーズを思い出してカレンが尋ねた。

「洞窟には明り取りの穴が開いているんです。そこから朝日が差し込み、“妖精の涙”は花を咲かせるんですよ」
「花が咲いているやつじゃないと駄目なんだよな?」

 今度はソリューネが尋ねた。彼も魔法使いなので一通りのことは知っているようだ。

「ええ、そうですね。花が咲いている物じゃないと全く薬草としての意味がありませんし」
「出発が夜中なら早く休もう。話は向かう途中でいいだろ」

 自分が“妖精の涙”の事について全く知らないのに少し苛立ち、エルスは立ち上がってこう言った。そして弟の腕を無理やり引っ張って、あてがわれた部屋へと歩いて行った。


 (続きます/死)



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