王子様救出大作戦【後編】
薄暗く足場の悪い道を進むと、急に石畳の道に変わった。 木々の間に鳥の彫刻の柱が等間隔に立っている。白い彫刻に、目の部分には赤い石が使われている。 その彫刻を眺めていたパッセは、ある事を思い出して口を開いた。 「ジュネさん、どうして元の姿に戻らないんですか?」 未だに金髪の女性の、本来の姿でいるジュネが気になってパッセは尋ねた。ソシアもそのセリフにジュネを見る。 「本当だ。少女の姿に戻らないな。もしかして俺の愛の力か…!?」 「違うわよ。さっき黒死鳥の群れに襲われた時、パッセの魔力を使って日中の間だけ呪いの効果を消すようにしたのよ」 「そんな事できるのか?」 「というか、何で僕の魔力を使うんですか!」 涙声でパッセが言うが、ジュネは微笑んで答える。 「だってぇ、パッセ魔法使いじゃなぁい」 「そんな…!」 「“黒死鳥の森”の魔女を倒すまでの間よ。どうせ魔力があったって役に立たないんだから別に構わないでしょ?」 役に立たないとまで言われ、パッセの歩くスピードが少し落ちた。ジュネはそんな彼を励ますようにわざわざパッセの隣にまで戻る。 「ほらほら、魔女の城が見えてきたわよ」 ポンポン、と軽く肩を叩かれ、パッセは顔を上げる。 うっそうと茂る森が開け、灰色の壁の城がそびえている。無造作に伸びまくる草をかき分けて、正面玄関の扉まで進む。 両扉を押し開くと蝶番(ちょうつがい)のきしんだ音がホールに響き渡った。足を踏み入れると床のくすんだ赤い絨毯から埃が舞い上がり、一同は思わず咳き込む。 「んもう、何ですの? もっとしっかり掃除をして欲しいですわ」 ブラッサムはそう愚痴って右手の人差し指と中指を立てて軽く左右に振る。指先から淡い黄色の光が放たれ、その光が床に触れると眩しく弾けた。 次の瞬間、くすんだ赤い絨毯は深紅の綺麗な絨毯に変わり、灰色の石だった壁や床、天井は大理石に。明かりの灯っていなかったシャンデリアには眩しいくらいの明かりが灯った。 「さ、参りましょう、ソシア様」 しっかりとソシアの腕に抱きついてブラッサムが歩き出す。その二人をジュネは慌てて止めた。 「ちょっと! 魔女の居場所、わかってんの!?」 「もちろんですわ。ここはわたくしの城なんですのよ」 「そりゃまあ、そうだけど。トラップとか仕掛けられてたらどうするの」 「そんな事ありえませんわ」 少し怒った口調でブラッサムはソシアを引きずるように正面の階段を上る。パッセが二人を追おうとしたが、ジュネは彼の服を引っ張って止めた。 直後、半分まで登っていたブラッサムとソシアの足元の階段が急な坂へと変化し、二人は倒れてそのまま滑り落ちてきた。 「い…痛いですわ……」 顔を打ったのか、頬と額を赤くし、瞳に透明の涙を浮かべてブラッサムはゆっくりと立ち上がる。ソシアの方は気を失って倒れていた。 「だから言ったじゃない。貴女の城は魔女に改造されてて当然でしょ? グラファト王子を救いにくる冒険者だっているんだから、トラップくらいつけるわよ」 「わたくしの城なのに……」 がっくりと項垂れてブラッサムは呟いた。そしてソシアの体を軽く揺さぶって目を覚まさせる。 「さ、慎重に行きましょう」 ジュネは微笑んで左の道へと歩き始めた。 ブラッサムが次々と魔法を放ち、廊下は正面玄関のように大理石の壁や床へと変化し、四人の足音が冷たく響き渡る。 急にジュネが足を止めたので、ソシアも足を止めて彼女を振り返る。 「どうした?」 「ここから突き当たりまでトラップが仕掛けられてるわ」 「本当か?」 「まあ、どうしましょう。この道が近道なんですのに」 ブラッサムは廊下の先を見つめ、どうするかをジュネに尋ねた。ジュネは暫し考えて「大丈夫よ」と微笑む。そしてパッセの腕を引っ張って耳打ちした。 「ジュネ! 俺以外の男と内緒話なんて……!!」 「え? ええ!? 絶対嫌ですよっ!!」 ジュネから離れてパッセは叫んだ。しかしジュネはパッセの襟元を掴んで低い声で脅す。 「や〜る〜の〜よ…!!」 「……はい……」 今にも泣きそうな表情でパッセは頷いた。それを見てジュネはブラッサムをソシアから引き剥がし、ソシアの腕に抱きついて極上の笑みを浮かべる。 「ソシア、頼みがあるの……」 頬を僅かに薔薇色に染め、上目づかいに見上げてくるジュネに、ソシアは顔を赤くして見つめていた。 「この廊下、トラップがあるでしょ? でも廊下の先に解除スイッチがあるみたいなの」 「わ…わかった。ジュネの頼みだ。俺がそのスイッチを押してこよう」 「きゃー♪ ありがと〜v」 今まで聞いたことのない可愛らしい声に、パッセは鳥肌が立つのを感じた。ジュネはソシアの首に抱きついて彼の頬に軽くキスをする。それで勇気づいたのか、ソシアは腕まくりをするような仕草をして廊下を歩き始める。 トラップが仕掛けられている廊下に足を一歩踏み込んだ瞬間、カチッと嫌な音がし、ソシアの鼻先を槍が真横に通り過ぎた。 「じじジュネ…?」 ゆっくりと首を回してジュネを振り返る。ジュネは先程の極上の笑みを浮かべたまま、ソシアの背中を蹴り飛ばした。 「さっさと行けっ!」 「わあっ!!」 ソシアはバランスを崩し、倒れそうになるが、倒れる場所に槍が飛び出して来た為、何とかバランスを整えて槍をかわす。今度は頭の上をスレスレで槍が通り過ぎる。それもかわして廊下を進んでいく。 はたから見れば謎のダンスを踊っているソシアを暫く見つめていたジュネは、パッセの腰を叩いた。 「今よ、パッセ!」 「は、はいィ……」 心の中で何十回と謝りながらパッセは呪文を唱え始めた。 「赤く燃えゆる紅蓮の炎よ!」 パッセの声と凄まじい轟音が聞こえ、槍を避けつつソシアは後ろを振り返り、さっと顔を真っ青にした。 真後ろを槍を砕きながら突き進んでくる炎を見て、ソシアは冷や汗と脂汗を流しながら全速力で廊下を駆け出した。左右の壁から勢いよく伸びてくる槍を避けながらソシアは進む。 そして突き当たりまで到着し、慌ててトラップの解除スイッチを探す。だが炎が追いつく方が早く、ソシアは横の道へと入り、炎をかわした。 心臓をバクバク言わせ、ソシアは再び解除スイッチを探す。だがそれらしき物は何も見つからなかった。がっくりと肩を落として床に座り込む。すると三人の声が間近で聞こえてきた。 「大成功じゃなぁい。パッセもたまにはやるわね」 「良心が……」 「ジュネ! わたくしのソシア様を囮に使ってトラップを抜けようとするとはどういう事ですの!?」 「じゃ、次はブラッサム」 「そんな…!」 三人の様々な声が聞こえ、ソシアは後ろを振り返る。そこにはジュネとパッセとブラッサムが言い合いをしながら立っていた。 「ジュネ……どうやって……?」 壁から飛び出てくる槍のある廊下をどうやって通ってきたかを尋ねると、ジュネは丁寧に説明した。 「ソシアが廊下を進むと槍が出てくるでしょ? その槍が戻る前にパッセの魔法で槍を壊したってワケ」 「解除スイッチは…?」 「そんなのある訳ないじゃない。あったらバカよ」 あははは! と高笑いをしながらジュネは廊下を歩き始めた。ソシアはゆっくりと立ち上がってジュネの肩に手を置いて真っ直ぐ彼女の赤い瞳を見つめた。 「ジュネ、俺はジュネの為ならなんでもするつもりだ。勿論犯罪もだ」 「それはありがと」 「ジュネは俺の婚約者なんだから、何不自由なく生きて欲しいと思ってる」 「あたしは貴方の婚約者じゃないわよ」 「だからジュネが頼めば今のように囮として使われたって構わない。だけど、少しでも礼なり何なり言ってくれたって……」 表情があっという間に暗くなるソシアを見つめ返して、ジュネは無表情で「アリガト」と言った。 後ろで二人のやり取りと見ていたパッセは「それは逆に酷いんじゃあ……」と危うく呟きそうになり、両手で口を塞ぐ。だがパッセの思いとは裏腹に、ソシアはそのひと言で随分と嬉しそうだった。 「ソシア様! わたくしはソシア様の為ならなんだっていたしますわ!」 ジュネを睨むつけ、ブラッサムはソシアに抱きつこうとしたが、それをジュネが遮った。 「ほら、早く先へ進むわよ。急がないと日が暮れて、あたしの姿が元に戻っちゃうじゃない。そしたら今度はパッセとブラッサムの魔力を奪ってやるんだから」 その言葉にがぜんやる気が出たのか、今まで話に加わっていなかったパッセがキビキビと言い出した。 「さあ、行きましょう!」 ソシアとブラッサムを急かすようにパッセは廊下を歩き始めた。 様々なトラップを、ジュネは三人を交互に囮に使って難なくかわし、廊下を突き進んだ。 「お……恐らくこの上ですわ……」 ジュネ以外の三人は大きく肩で息をしながら、ブラッサムが示した階段を見た。 塔への階段だろうか。見える限りでは、階段は螺旋(らせん)状になっている。横幅は二人並んでギリギリだった。 「さあ、行くわよ!」 ジュネはこう言ったが、三人はそれぞれ床に座り込んでいた。 「ジュネ……少し休もう」 「そうですわ。……ジュネが散々こき使うから、わたくしヘトヘトで……」 「何言ってんのよ。この上にいる魔女を倒せば充分に休めるでしょ? さあ、早く!」 ジュネは腰の剣を抜いて三人に向けた。三人は顔を青くし、のろのろと階段を登り始める。 先頭を登っているソシアの、段数を数える声が不気味に響いていた。 「せんはっぴゃくにじゅう……せんはっぴゃくにじゅういち……って一体何処まで続くんだ……」 「せんはっぴゃくにじゅうに……せんはっぴゃくにじゅうご……」 ジュネの背後から低く呟くパッセの声が聞こえてくる。 「もうすぐですわ……」 「せんはっぴゃくさんじゅー……」 「あ、ほら。出口が見えてきたわよ」 ジュネが指差した方向は、やっと階段が途切れていた。ソシアは元気になり、残りの階段を駆けてゆく。ブラッサムも遅れまいとその後を追った。 「パッセ、しっかりしなさいよ」 「だって……」 「しかもさっきから数え間違えてるし」 「……………」 とうとうパッセは黙り、ただ階段を登ることに専念した。ジュネは彼に気付かれぬように小さく溜息をついてパッセの手を握る。 「頑張って」 そう言うジュネの微笑みで少し元気になったのか、パッセは先程よりも顔色は良くなり、足取りも軽くなっていた。 ソシアとブラッサムが倒れている階段の終わりに到着し、ジュネは辺りを見回した。 一面は石造りの壁だけで、違うのは目の前の錆びた銅製の重そうな扉のみ。 「ねえブラッサム。本当にこの先に魔女がいるの?」 「た……たぶん……」 はぁはぁと大きく息をしながら苦しそうに答える。そんな彼女を見て、ジュネは眉根を寄せた。 「多分? ――あのさ、あたしずっと思ってたんだけど。ブラッサムって魔女を倒しにこの城までやってきたのよね?」 「ええ……勿論ですわ」 「で、魔女と戦って敗れたんだったわよね? と、いう事は、この城に様々な罠が仕掛けられているのも知っていたんじゃないの? だって――」 「それは違いますわ」 ブラッサムは立ち上がり、服の埃を叩いて言う。 「わたくしは城に入る前に魔女の魔法にやられましたの」 「どういう事?」 「ですから、入り口正面玄関の扉に魔法がかけられていたんですわ。扉に触れるだけで吹き飛ばされてしまって……」 ジュネは一瞬思考が停止した。 「じ…じゃあ、魔女と直接対決はしてないって事?」 ジュネが尋ねるとブラッサムは可愛らしく頷いた。 「と、いう事は、魔女の正体は知らないの…? なら何でこの城を乗っ取ったのが魔女だってわかったの?」 「町で噂を聞きましたのよ。何処かの森からやってきた魔女が“黒死鳥の森”に住み着いているって。わたくしは生まれも育ちもシャーゼン国ですから、その噂はわたくしの事ではないでしょう?」 「はあ……」 ジュネは曖昧に頷いた。ブラッサムに魔女の弱点なりを聞こうとしていたが、それは無理だった。仕方なく銅製の扉に手を伸ばす。 「ま、相手がどんな奴だろうとあたしの敵じゃないわ!」 強気でそう言い、思い切り扉を開いた。直後、 「え……? えぇェッッ!?」 部屋の中を見て、ジュネは思わず絶叫したのだった。 「どうしたんだジュネ!」 彼女の叫びにソシアが慌てて扉の側に立つ。ジュネの横から部屋を覗き、そして同じ様に硬直した。 「ようこそ、ジュネ。そしてソシア=ラディ」 部屋の置くから女性の声がし、パッセとブラッサムも部屋を見る。 淡いピンクの絨毯にソファーカバー。クッションやらカーテンまでもがピンクで統一されているその部屋の奥、ピンクの布地に白いレースのついたカバーをかけた大きな椅子に、一人の女性が座っていた。 背中まで伸びる漆黒の髪に深海の双眸。白い肌に映える真っ赤なルージュの引かれた口唇。 胸元が大きく開いたこれまた淡いピンクのドレスを着ている彼女はジュネとソシアの後ろからやってきた二人を見て微笑む。 「これはこれは。シアン=ウィステリア様のご子息のパキート=パッセ様」 にっこりと極上の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がって女性はパッセの側へと向かう。だがそれをジュネとソシアが遮った。 「一体どういう事なんですか。きちんと説明して下さい、王妃様」 ジュネの言葉にパッセとブラッサムは黒髪の女性を見つめた。 「そんな怖い顔をするもんじゃないわ、ジュネ。折角の美人が台無しじゃない」 「話をそらさないで下さいっ」 「若いうちからそうカリカリしてると、歳をとると皺しわの梅干みたいになるわよ」 「う゛っ…!」 痛いところをつかれ、ジュネは絶句する。そんな彼女を見て王妃はコロコロと笑った。 「ふふふ。折角ここまで来たんだから、何故私がこの“黒死鳥の森”にいるかを話しましょう。実は半年前……」 「また夫婦喧嘩ですか」 さっくりとソシアの声が割り込み、王妃は恨みがましそうにソシアを見て頷いた。 「ちょっとした意見の食い違いだったのよ。私はディナーのデザートに洋梨のタルトがいいと言ったのに、あの人はイチゴのショートケーキがいいって……」 (ち…痴話喧嘩で国中を巻き込むなんて…!) しくしくと涙を流しながら言う王妃を横目に、ジュネは呆れ果てて天井を見上げていた。 「それで大喧嘩になって城から飛び出したの。グラファト王子も連れて行こうとしたんだけど、重臣たちに反対されて……」 「そりゃー、王位継承者ですから」 ジュネがこう言うと王妃は彼女の腕を力強く掴んで泣きついた。 「でもね、ジュネ。グラファトは優しい子だから週に一度はこの城まで来てくれたのよ」 「そういえば、王子はどこに?」 ジュネたち一同は部屋を見渡すが、それらしい人物はいないし、隠れれるような場所も無い。 王妃はジュネに泣きついたまま、自分の後ろを指差した。 「グラファトはそこの籠(かご)の中に……」 「え? ――黒死鳥……?」 王妃が指差した方向には銀で出来た鳥かごがあった。中には黒い体に赤い瞳の黒死鳥。黒死鳥は一度キィ、と淋しそうに鳴いた。 ジュネは鳥かごに近付いて呟くように尋ねた。 「グラファト王子…?」 「キィ……」 赤い小さな瞳が潤んでおり、じっとジュネを見つめている。ジュネはがしっと鳥かごを掴んで王妃を振り返った。 「王妃様、一体誰がこんな事を…!」 「第二王妃よ。私が城からいなくなったから、王子もいなくなれば彼女の息子が王位継承者となるからね」 「――あたし達、国の御触れでグラファト王子を“黒死鳥の森”から救出する為にここに来たんです」 「え? それは本当……?」 王妃はジュネと、そして他三人の顔を見た。三人はそれぞれ頷く。 「そう……あの人が……」 国王が本当に子供であるグラファトを大切に思っているのを知り、王妃は笑みを零した。 「ジュネ、王子の呪いを解いて頂戴」 「どうやって?」 「グラファト王子の呪いは、乙女の口付けで解けるのよ」 「ふっふっふ。任せなさぁーい」 不気味な笑みを浮かべてジュネは鳥かごへ手を伸ばした。彼女の笑みが怖いのか、籠の中の鳥の姿になっているグラファト王子はキィキィと暴れ出した。 「ジュネさん、乙女って歳じゃないんじゃ…った!」 ぼそりと呟いたパッセの言葉は丸聞こえで、ジュネは剣を鞘ごと彼の顔面に投げつける。 鳥かごの扉を開けようとしたとき、ある事を思い出して手を止めた。くるりと綺麗に振り返って王妃の側へと向かう。 「王妃様、実は王子殿下をお救いした時の報酬なんですけど」 ボソボソと王妃に耳打ちをするジュネ。話終わると王妃は解かったと頷いた。 「ジュネってば、意外と物好きね」 「そーですか?」 小さく微笑んでジュネは再び鳥かごへ向かう。それを見ていたブラッサムは床に倒れていたパッセを起こし、面白いことを思いついたと小声で話した。 「え゛ー!? 絶対後で僕が怒られるんですよ」 「王子殿下の為ですわ。さあパッセ。男らしく!」 ブラッサムの言葉にパッセはジュネを見た。彼女は鳥かごの扉を開けて、優しく黒い鳥を取り出す。 パッセは渋々立ち上がり、ジュネに気付かれないように呪文を唱える。 「彼の者の力と化した我が魔力を返還する」 (これで晴れて玉の輿!) ジュネはそっと黒い嘴(くちばし)に口付けをしようとした。だが急に激しい頭痛に襲われ、思わず床に座り込む。 みるみるうちに姿が茶髪の少女へと変化していく様を見て、王妃は驚きの声を上げた。 「ジュネ、その姿は……」 しかしジュネは答えず、立ち上がりながらゆっくりと振り返る。 「パッセェェェ…ッ!!」 窓の外はまだ明るいので、ジュネはすぐに誰の仕業か気付いた。 「あんた何て事を!!」 「すみません! ブラッサムさんが無理やり…!」 彼の言葉にジュネは茶色の瞳をブラッサムに向ける。しかしブラッサムは平然としていた。 「あら、わざわざ彼に頼んで乙女にしてもらいましたのよ。今までの姿だと、どう考えても歳がオーバーしてますから、王子殿下の呪いは解けないでしょ? ね、ソシア様」 ぎゅっと足を踏まれ、ソシアは慌てて頷く。 「そっ、そうだぞジュネっ」 ジュネは小さく舌打ちをし、そして足元から見上げてくる鳥の姿のグラファト王子を持ち上げた。 黒い嘴に軽く口付けをする。 途端、部屋中に真っ白な光が溢れた。 「きゃあ! ソシア様!」 ブラッサムの悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐに光は収まり、ジュネは何度か目を擦って元の姿に戻った王子を見ようとした。 だが、 「ねぇ、王妃様。もしかしてまだ呪いが…?」 目を点にしてジュネが振り返る。王妃は疑問符を浮かべつつ、ジュネの質問に答えた。 「何を言ってるの。呪いはあれだけよ」 「だって王子……」 ジュネは再び元の姿に戻った王子を見た。 にっこりと微笑みを浮かべる青い瞳と艶やかな黒髪は王妃そっくりで、そして将軍から貰った肖像画の写しとも良く似ていた。 そう、あの肖像画はそんなに古いものではなかったのだ。 「ジュネ、我が呪いを解いてくれて感謝している」 少女と変わりのないような高い声。そして王妃のこのひと言がジュネに止めを刺した。 「グラファトは今年で十歳になるのよ」 「ぬぁんですってぇーーーっ!!?」 茶髪の、呪いの姿であるジュネと殆ど背の高さが変わらない王子を見て、腹の底からジュネは叫んだ。 「そんな……玉の輿計画が……」 「あと八年もすれば、立派な青年じゃないですか」 ブラッサムが慰(なぐさ)めようとするが、ジュネには全く効いていなかった。 「あと八年も経てば、あたしは28じゃない……」 がっくりと両手を床につけて項垂れた。 「でも今の姿だとお似合いですよ」 全く悪気のないパッセの言葉に、ジュネは鳥かごを投げつけた。再び顔面にそれをくらい、パッセは目を回して倒れる。 「ジュネ! ジュネは元々俺の婚約者なんだから…!!」 ソシアが叫んだが、ジュネの耳には入っていなかった。 王妃はジュネの側まで行き、屈んで彼女と視線を合わせる。 「じゃあジュネ、報酬はどうするの?」 「き…金貨50枚……。あとあたしが王子を救った事は伏せておいて下さい……」 ジュネはもう一度グラファト王子を見て、深く溜息をついた。 翌日、王妃とグラファト王子はシャーゼン城に戻ることになった。ブラッサムは自分の城を取り戻せて喜んでいる。王妃と王子の護衛にはソシアがつき、そしてジュネとパッセはシャーゼン国を後にすることにした。 「ジュネはこれからどちらに行かれるんですの?」 ブラッサムが魔法で作った馬車に乗ろうとしたとき、彼女に呼び止められてジュネは振り返る。 馬車には既に王妃と王子、それにパッセとソシアが乗っており、御者席にはこれまたブラッサムの魔法で動く人形が座っていた。 「さあね。適当に旅をするわ。勿論目的はあたしの呪いを解く為だけど」 「くれぐれも気を付けて。以前も言いましたけど、わたくしは貴女の味方ですから」 「うん、有難う」 ブラッサムに握られている手が温かくて、ジュネは微笑んだ。 「ジュネに女神の祝福がありますように」 「女神なんているの?」 「……だったら、わたくしの加護がありますようにv」 「それは信じられないわ」 ことごとく反対するジュネに、ブラッサムは頬を膨らませた。 馬車の中にちらりと青い色が見え、ブラッサムは極上の笑みを浮かべてこう言った。 「シアン=ウィステリアの加護がありますように……」 ジュネは馬車を振り返り、そして微笑んだ。 「それなら信じられそう。――ブラッサムも元気で」 ブラッサムの手を離してジュネは馬車に乗り込む。ブラッサムは茶髪の少女に大きく手を振った。 鞭の音が響き、馬車が城から走り出す。 土煙を上げながら遠く離れていく馬車を、ブラッサムはずっと見つめていた。 木々の間から青く澄んだ空が見える。枝葉を揺らす風に桜色の髪をなびかせる。 旅にはもってこいの日だった。 +END+ 2002/04/15 up |