遺産大騒動【前編】
もうすぐ夏が来るため、屋敷の人間全員で大掃除を始めた。 必要のなさそうな物は潔く捨て、冬服をしまって夏服を出す。 カーテンや絨毯まで夏物に変更するため、家具の移動もし、ついでに模様替えもする。 屋敷の地下室を整理していた茶髪の男性は、木箱の中にあった開封されていない手紙を見つけた。 切手は貼ってなく、宛名は自分宛。送り主の名前は書かれていなかった。 地下室の整理を中断し、部屋に戻り机の引き出しからペーパーナイフを取り出して手紙を開ける。 封筒に入っていたのは二枚の紙。一枚の紙には読めないどこかの国の文字が書かれてあり、もう一枚には見慣れた彼の父親の字で簡潔にこう書かれてあった。
ルソート家に代々伝わる遺産をとある場所に隠してある。 息子のクロスビーは必ず遺産を探し出す事。 遺産のある場所はもう一枚の紙に書いてある。 では、健闘を祈る。 「……は?」 茶髪の男性はもう一度手紙を読み返した。だが、何度読み返しても書いている内容は同じだった。 手紙を握り締めて彼が思った事は、 「まさか死んだふりをしてるんじゃないだろうな……」 だった。 彼の父親グラジオラスは丁度一年前に息子のクロスビーに爵位を譲り渡し、その三ヶ月後、病にかかり亡くなった……ハズである。 昔から人を騙す悪戯をして楽しんでいた為、クロスビーはこの手紙も自分を騙す為だろうと思った。 死んだふりをし、遺産と言いつつ己が遺産だった、というオチがはっきりと見えてくる。 手紙を破り捨てようかと思ったが、もし、この手紙が永遠に発見されなかったらどうしたのだろうと考え、数分考えた後、仕方なく騙されてやるかと答えを出した。 一緒に入ってあった読めない文字が書かれてある紙を持ち、掃除をしている屋敷で働く人々に聞いて周る。しかし誰一人として文字を読める人物がいなかった為、クロスビーは父親の書庫に行き、手紙の文字と同じ本や、父が訳した何かがないかを探す。 本棚にある本のうち、三分の一を見ていった後、漸く目的の物を見つけ、早速手紙の翻訳を始めた。 何とか翻訳できたのは、遺産は国の北西の遺跡にあるという事だけだった。 他の、遺産は何なのかという事に関しては、読めなかったので分からなかった。だが、遺産の正体は別に分からなくてもいいだろう。ここに父親の名前が書かれてあったら本当にショックだからだ。 北西の遺跡やそこまでの道程は、賊や魔物が出る。まだ解決していないから。 遺跡へと行くついでに解決しようと思い、自分一人で行くのは無理なので冒険者を雇うべく、執事を呼んで町で捜してくるように命じた。 こうしてルソート公国を治めるルソート公爵の、茶髪の男性クロスビー=ルソートは、ルソート家に代々伝わる遺産を探す事になったのだった。 学問の国シャーゼン国の北に位置する山岳地帯より、更に北にルソート公国はある。 国を治めているのは公爵のクロスビー=ルソート。 この国は他の国と比べると遥かに小さいが、その分穏やかだ。 主な産業は農業と海があるので水産業だ。特に名産物はない国だが、忙しい生活に疲れた人々が癒されようとこのルソート公国にやってくる。 その観光客が外貨を落としていってくれる事は国にとって有り難いが、観光客や平和ボケしている国民を狙った賊が多く存在し、年々ルソート公国にやってくる観光客は減ってきていた。 賊が出ようが観光客が減ろうが公爵が頭を抱えて悩もうが一切気にしないジュネと、多少は気にするパッセはルソート公国の首都クリヤに来ていた。 呪いをかけられ、茶髪の少女になったジュネと、母から受け継いだ青い髪と宝の持ち腐れ状態の魔力をもつ青年パッセ。 ジュネが知り合いに会うという事で、癒されたい人以外にとって何も無いルソート公国に立ち寄ったのだ。 「知り合いってどんな人ですか?」 本日泊まる宿へと向かいながらパッセが尋ねる。前方を歩いている小さな鞄だけ持ったジュネは振り返らずに答えた。 「この国で店を開いている魔女よ。何か掘り出し物がないかと思って」 ジュネの話に頷きつつ、パッセが魔女の店を想像していると宿屋に着いた。 二部屋とり、そのまま宿を出て行こうとするジュネを、パッセは慌てて止めようとしたが、その前に彼女が口を開いた。 「パッセは留守番よ」 「え!?」 何故と尋ねると、ジュネは彼に分かり易く説明をした。 「このルソート公国は一見穏やかに見えるけど、観光客とかを狙った盗賊が出るのね。それであんたみたいに隙だらけの人間は、そういう奴らのいいカモになる訳よ」 この言葉にパッセは青褪める。 「金品を奪われたくなかったら、一歩でも宿から出るんじゃないわよ」 「は、はい。でもジュネさんは大丈夫なんですか?」 本来の姿なら賊を返り討ちにするのも簡単だろうが、今の少女の姿ではそれは無理だろうとパッセは心配している。だがジュネは笑みを浮かべて短剣を取り出した。 その短剣は以前行った、幽霊やアンデット系の魔物が出る山で手に入れた魔剣だ。 魔剣は長剣だったが、流石魔剣。呪いによって少女の姿になるジュネに合わせて、短剣になったり長剣になったりと変化した。 「この剣があるから大丈夫よ。それにパッセは忘れてるだろうけど、魔力を盗まなくても少しの間なら元に戻る事は出来るわ」 ジュネの言葉にパッセは今まで旅をしてきた事を振り返る。 そういえば何度か自分の魔力を奪うのではなく、元の姿に戻った事があった。 確か怒りメーターがMAXになった時である。 パッセが完全に思い出したのと同時に、ジュネは宿屋から出て行った。 宿を出て真っ直ぐ道を進む。幾つかの通りを過ぎ、海の近くまで行くと青く輝く海をバックに佇む小さな家があった。 家の前には花壇や家庭菜園があり、壁には玉ねぎや大根がぶら下がっている。 看板はないが、ジュネにはこの家が魔女の店だと知っているので、躊躇わずに扉に手をかける。力を込め、扉を引き開けると甘い香りが鼻をくすぐった。 気分が悪くなるような匂いではなく、花のような甘い香りだ。 家全体が木で出来ており、入ってすぐには大きな机があり、机の上には沢山の本と水晶など細々した物が雑に置かれてある。左右の壁は本棚になっており、隙間なく本が詰まっている。奥には扉、その横にも棚。棚で何やらゴソゴソしている、深い紫のローブを着た人物がいた。 「シスル、久しぶり」 紫のローブを着た人物にジュネが声をかけると、漸く気付いて振り返り、駆け寄った。 「ジュネ!? 本当に子供の姿なんやなぁ!」 紫のローブから覗く黒い髪。青い空のような瞳を輝かせて、膝を曲げてジュネを見た。 「いやー、呪いで子供の姿になってるってブラッサムから聞いてはいたが……。可愛いなぁ…」 よしよし、とジュネの頭を撫ぜる。ジュネはその手を振り払う事はせずに、彼女に尋ねた。 「掘り出し物がないか見に来たの」 ジュネの言葉にシスルは立ち上がり、先程までゴソゴソしていた棚へ向かう。 「そーいや、ジュネにピッタリなもんがあるでー」 ゴソゴソゴソ。棚を漁り次に机の引き出しを漁って、漸くある物を見つける。 「これや、これ!」 シスルが見つけた物は、細い棒のついた飴玉だった。 「シースールー?」 微笑んでジュネがシスルを見つめる。目が笑っていない事に気付いたシスルは慌てて本来の物を探した。 「あったあった! ジュネはシアン=ウィステリアの息子と旅をしとんのやろ? ならこれがええで」 そう言ってシスルがジュネに渡した物は、透明なガラス玉のような物がついている指輪だった。 「これは?」 「魔力を溜める事ができる指輪や。魔力の強さによって満タンになる時間は違うけどな。シアン=ウィステリアの息子くらいの魔力なら、一日溜めればジュネは彼がおらんでも半日は元の姿に戻れるやろう」 「へー。便利ねぇ」 試しに自分の指に嵌めてみたが、かなりブカブカだった。 「魔力が溜まったら、サファイアみたいな青になるから」 「有難うシスル。当然タダよね?」 「何言うてんねん。金貨十二枚や」 にこにこにこにこ。 ジュネとシスルは微笑を浮かべて見つめ合う。 「タダよね…?」 「金貨十二枚」 沈黙が落ちる。 先に折れたのはジュネに笑顔で睨まれたシスルだった。 「仕方ない。ジュネとうちの仲や。タダで譲ってやる」 「有難う!」 してやったり、のジュネの笑みを見てシスルは、シアン=ウィステリアの息子は苦労してるだろうなぁ……、と思った。 「他に何か役に立ちそうなものとか無いかな……」 手の中で指輪を転がしつつ、棚を見ながら呟くジュネ。隣に立ち、同じようにジュネに役立つものは無いか探すシスル。 黙って棚を見ていたジュネだったが、急に思い出したように声を上げた。 「そういえば、これ!」 ジュネが取り出したものは、一本の短剣。 「シアン様が残してくれた魔剣なの……」 自分の魔力を使って元の姿に戻るジュネ。同時に魔剣も短剣から長剣へと姿を変えた。 「このままって訳にもいかないからさ、鞘が欲しいな、と思って」 「魔剣の鞘ねぇ……」 まじまじと剣を見つめて、顎に手を当て、シスルが呟く。 「ちょっと待ってな。確か合うやつがあった筈や」 それだけ言ってシスルは扉を潜り、奥の部屋へと姿を消す。 何かが倒れる音、壊れる音、そして謎の悲鳴が数分間響いたあと、シスルが戻ってきた。 彼女の手には黒くて細長いものが握られている。 「これなんか良さそうやけど」 ジュネが受け取った物は、正に剣の鞘。銀色の文字が細かく書かれてあり、魔剣専用の鞘みたいだ。 「この鞘も剣を探しとるみたいなものや。これで間に合わせといて」 ジュネは鞘に剣を収めようとする。するとお互いが引き寄せ合うように、剣は鞘へと入っていき……吐き出された。 「やっぱ駄目かいな」 ポリポリと頭を掻きながら、奥の部屋へ行くシスル。ジュネは剣を拾って、鞘を机の上に置いた。 再び何かが壊れる音、謎の悲鳴、シスルの悲鳴が聞こえた後、手に白く細長い物を持って、シスルが戻ってきた。 黒く艶やかな髪が幾分乱れている。 「こ…これならどうや…?」 言われるままジュネは鞘を受け取り、剣をしまおうとするが、同じように吐き出された。 その光景を見て肩を落とし、再び奥の部屋へ行くシスル。 再三何かが壊れる音と謎の悲鳴とシスルの悲鳴が響き渡った後、ボロボロになったシスルが姿を現した。 これには流石のジュネも無視する事はできなかった。 「ちょ…大丈夫? 何があったの?」 「何もない。うちは平気や……。それよりジュネ、これでどうや?」 彼女が差し出したものは深い紫色の鞘。金色の小さな模様が描かれているのが分かった。 剣と鞘をしっかりと持ち、ジュネは剣を鞘にしまう。 スルリと入る剣。そしてカチリという音が耳に届いた。 恐る恐る剣の柄から手を離す。また剣を吐き出すのだと思っていたが何も起きず、数分経っても鞘は剣を吐き出す事はなかった。 「やったーーッ!! ジュネ、その鞘あげるわ!!」 「え? でもやっぱお金払うよ」 バンザイして喜ぶシスルに、ジュネはボロボロになってまで見つけてくれたんだし……と付け加えたが、シスルはバンザイをやめて人差し指を突きつけた。 「さっきの指輪はタダにしてくれ言うて、今度は金払うなんて言うな」 「いやでも流石に悪いかなーって……」 乾いた笑みを浮かべるジュネに、シスルは溜息を零した。 「ジュネらしいわ。でも本当うちからのプレゼントやと思って受け取って」 「……分かった。有難う、シスル」 今までとは違う、本当に嬉しそうに微笑むジュネ。シスルは少し顔を赤くして小さく咳をした。 「そうそう。うちもブラッサムと同じく、ジュネの仲間や。何かあったら遠慮なく言いに来てな」 彼女の心配そうな声色に、ジュネは素直に頷いた。 その頃のパッセは、本気で何もする事がなかったので、ガイドブックを取り出し、この次は何処に行くのかを色々と想像してみた。 ジュネと出会ってからは、何気なく北上しているようだ。否、ジュネの事だから宝があれば同じ道を戻る事も厭(いと)わないだろう。 ガイドブックについている大陸の地図を見てみると、ルソート公国の東は海で、北と西はナウル国がある。 ナウル国の北の海を越えた先には広い砂漠があり、その砂漠を国の一部として所有する大国、ラトヴィア神聖国がある。今ではなくても、旅をしていればいずれ、このラトヴィア神聖国に立ち寄る事になるだろうな、とパッセは思った。 パラパラとガイドブックをめくっていると、部屋の扉が軽くノックされた。 「はい?」 扉を開けるとそこには宿の女将が立っていた。 「えーと、ウィステリアさんは冒険者の方ですよね?」 「はあ……まあ……」 パッセは気の無い返事をするが、女将は構わず続けた。 「今、ルソート公爵様の執事さんがいらしてて、仕事の依頼をしたいそうなの。観光客はいるけど他に冒険者っていう人はいないしねぇ……」 「分かりました。取り敢えず話だけでも伺ってみます」 「そう、執事さんはこちらよ」 女将に案内され、一階の食堂にパッセは来た。ルソート公爵家の執事と会う。 「は、初めまして。パッセ=ウィステリアと申します」 今まで成り行きで様々な仕事をしてきただけで、こういう風に正式に仕事を受ける事は初めてのパッセは緊張気味に執事の正面に座った。 ルソート公爵家の執事は、パッセより少し背の高い年を取った男性だった。銀の糸で胸元に小さくルソート公爵の紋章が刺繍(ししゅう)されている黒い服をきっちりと着こなしている。 白髪なのか銀髪なのかよく分からない髪は、清潔そうに短く切り揃えられ、縁なし眼鏡をかけていた。 「初めまして、ウィステリア様。早速仕事の依頼ですが、簡単に仕事内容を説明しますと、主人の護衛をしてもらいたいとの事です」 「護衛ですか……」 「詳しい仕事内容や報酬に関してはお引き受け下さった後にお話します」 パッセは、この話は一人で決める事は無理だと判断した。 護衛という事はジュネが言っていた賊からルソート公爵を守る事に違いない。そんな事を一人で決めたらジュネに何を言われるかわかったもんじゃない。 「あの、えーと。僕には連れがいまして、その人と話し合ってからでも……」 「何してるの?」 急に女性の声がかかった。パッセと執事が顔を上げると、金髪の美女ジュネが立っていた。 「そうそう、パッセ。さっき頭の悪そうな賊に絡まれてる人を見つけてさ、取り敢えず助けてみたら今晩、夕食に誘ってくれる事になったの。パッセの事もちゃんと話してあるから今日の夕食はタダよ! しかもナウル国の一級貴族だって言うじゃない♪」 「は…はあ……」 「それでね、魔女ん所でこれを貰ったんだけど」 そう言ってジュネが見せたのは透明なガラス玉のついている指輪だった。 「パッセ、これつけてて。色が青くなったら返してね」 「は…?」 パッセは深くは考えず、言われるまま指輪を右手中指に嵌めた。ジュネが不敵な笑みを浮かべた事は誰も気付かなかった。 「それで? 仕事の話?」 漸くジュネが尋ねると、丁寧に執事がもう一度説明してくれた。 「初めまして、私はルソート公爵家で執事をやらせていただいています。本日はお二人に仕事の依頼を持って参りました」 「ふうん。で、いくら出すの?」 身を乗り出すように尋ねたジュネに、執事はパッセに言ったように答える。 「報酬に関しては仕事をお引き受けくださった後に説明させてもらいます」 「……仕事内容は?」 パッセの隣に腰を下ろし、半ば不貞腐れてジュネが尋ねる。 「仕事内容は護衛です」 「で? いくらなの? 金額も分からないのに引き受ける馬鹿はいないでしょ。それともあたしの望む額を払ってくれるワケ?」 鋭い目付きで睨まれ、執事は冷や汗を一筋流した。 「……申し訳ありませんが、その事に関しては主人の方からお聞き下さい」 執事の言葉にジュネはすっくと立ち上がった。 「さあ、さっさと行くわよ! 夕食の約束をしてるんだから!」 ジュネに急かされ、パッセと執事は慌てて後を追う。 執事の案内も無しに、ジュネは公爵の屋敷にやってきた。 執事に招き入れられ、屋敷の中へ入る。客室へ向かおうとした時、前方から茶髪の男性がやってきた。 「依頼を引き受けて下さったのですね」 「まだよ」 嬉しそうに尋ねてくる男性に、ジュネはすぐさま切り捨てた。男性は執事を見た。 「報酬に関して分からないと引き受ける事はできないと仰られています」 「そうか。立ち話もなんだし、こちらへ」 頷いて茶髪の男性はジュネとパッセを客室へ案内した。 「まず、依頼内容から説明しよう」 侍女が三人にお茶を淹れて部屋から出て行ってすぐ、茶髪の男性クロスビー=ルソートは口を開いた。 「話を聞いても必ず受けるとは限らないわよ?」 ジュネが尋ねるとクロスビーはそれでも構わないと言った。 「このルソート家に代々伝わる遺産が何処かにあるらしいんだ。私はそれを取りに行く為、護衛を雇おうと思っている。それで報酬はその遺産の何割かと、金貨十五枚」 「それだけ!?」 ジュネは思わず声を上げたが、クロスビーは彼女を抑えて続けた。 「それと、遺産のある場所に行くついでに賊を壊滅させようと思っている。観光客から盗んだ奴らの宝は全て差し上げる。それが報酬だ」 ジュネは腕を組んで考え始めた。因みにパッセには決断権は無い。 「そうね。賊壊滅なんて面倒な事はやりたくないけど、この国がなくなっちゃうのもイヤだし。遺産とやらにも興味があるから引き受けるわ」 「有難う。では明朝、この屋敷の前まで来てくれ」 「了解」 頷いてジュネは立ち上がった。パッセの腕を取り、さっさと部屋から出て行こうとする。 「宿に戻って仕度しないと。夕食♪」 「ジュネさんが人助けをするなんて、珍しいですね」 報酬が貰えると始めから分かっていれば、ジュネは人助けもするが、通りすがった時に困っている人を発見して助けるという、報酬を貰えるかも怪しい人助けをするとは思えなかった。 「あたしが通る道で騒いでいたから、仕方なく蹴散らしたのよ。他の道だったら知らないわ」 自分に害があれば倒し、無ければ完全に無視するとジュネは考えているらしい。 パッセは敢えて何も言わなかった。 クロスビー=ルソート公爵家の屋敷から宿に戻ってきたジュネとパッセは、旅の埃を落として、ジュネが助けたナウル国の一級貴族の別荘へ向かった。 貴族との夕食の為、てっきり着飾って行かなければならないだろうと思っていたパッセだったが、普段旅をしている格好と変わらぬジュネを見て、尋ねた。するとジュネは笑って、 「別にパーティーや夜会じゃないんだから、着飾る必要はないわよ」 と答えた。 ナウル国一級貴族の別荘――とは言え、かなりの大きさの白い屋敷にやってきた二人は、執事に案内され、食堂に通された。 「お嬢様、ブルーム様が到着なさいました」 食堂の扉を開け、中に居る人物に向かって執事が頭を下げる。執事に招かれて食堂に入ると、一人の少女が二人の元へやってきた。 横長いテーブルの席に座っている人物の姿が見えたが、少女の影になっている事と、後姿なのでどんな人物なのかまでは見えなかった。 「いらっしゃい、ジュネ」 ウェーブがかったプラチナブロンドの長い髪と紫の瞳を持つ少女が微笑んだ。 透けるような白くきめ細かい肌は僅かに青白い。ゆったりとした白い服を着ており、体のラインは分からないが、線が細い事ははっきりと分かった。 微笑む彼女にジュネは頭を下げ、パッセが驚いて思わず後退る程、丁寧な口調で礼を述べた。 「この度はお招き下さり有難う御座います、クレル様」 「そんなにかしこまらないで、ジュネ。貴女は私の命の恩人なのだから」 クレルの言葉にジュネは顔を上げ、にやりと笑った。 「命の恩人なんて……大した事はしてないのに」 あははは、とジュネは笑う。通行の邪魔だったから蹴散らしただけ、と聞いていたパッセはこっそりと溜息を吐いた。 「さあジュネ、ウィステリア様も席に着いて。既にお仲間がいらしてるわよ」 少女がこう言うと、ジュネとパッセは顔を見合わせた。 「「仲間?」」 二人は先ほどからテーブルに着いている人物を見た。 艶やかな黒髪と深い紫のローブを着た、昼間ジュネが会ったばかりの魔女が、二人に向かってにこにこと手を振っていた。 クレルが席に着いてから、ジュネは魔女の隣に座り、小声で尋ねた。 「何であんたがここに居るのよ、シスル!」 テーブルに並べられていく豪華な料理からジュネへと目線を動かし、シスルは不敵に微笑んだ。 「うちの情報網をなめたらアカンよ、ジュネ」 シスルの言う情報網は魔女専用の情報網なのだろう。以前出会った魔女は、昨夜のディナーのメニュー等が分かると言っていたので、今回の魔女シスルもそうなのだろう。だが、どう考えてもその情報網を悪用しているとしか思えなかった。 「ただ飯喰らいめ……」 溜息と共に吐き出して、ジュネは料理に向き直った。 クレルの、今日も食事が出来るという感謝のお祈りを待って、食事を始める。 特に会話もなく食事が進んでいくが、クレルがふ、と三人に尋ねた。 「そういえば、ナウル国に怪盗が現れたのをご存知?」 「怪盗?」 全く聞いた事のないジュネとパッセは首を傾げた。シスルは魔女の情報網から情報を得ていたのか、頷き、食事の手を止めずに口を開いた。 「確か、私服を肥やす領主や貴族から金品を奪い、貧しい者たちに配って回る義賊みたいな事をやってるんやろ」 義賊なのに何故【怪盗】と呼ばれるのか、とパッセが尋ねると、クレルが丁寧に答えた。 「予告状を出してくるそうよ。何日、何時に何を奪いに参りますって。それから自ら名乗っているみたい、怪盗って」 「変なヤツ」 ジュネが小さく呟いた。シスルがクレルの言葉を続ける。 「見た事のある奴が、怪盗らしい格好をしとったって言ってたな。白のタキシードとマントとモノクル(片眼鏡)、銀髪に金目の晴れた昼間に会ったら目が痛くなるような奴や」 怪盗らしい格好って……、とジュネは思った。 何年か前に読んだ、かなり有名な物語に出てくる怪盗が、白のタキシードと同色のシルクハット、マントといった格好をしていたのを思い出し、もう一度「変なヤツ」と呟いた。 「それで、その怪盗の名前は?」 一体どんな変人なのだろうか。ジュネが尋ねるとクレルとシスルは腕を組んで首を捻った。 「うーん……」 「何だったかしら」 「呼び難そうな名前やった気が」 「なんとか〜、だったわね」 必死に思い出そうとする二人に、ジュネは盛大に溜息を吐いた。 それからデザートのティラミスと食後のお茶を頂き、お開きとなった。結局怪盗の名前は最後まで分からなかった。 |