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遺産大騒動【中編】


 翌朝。
 ジュネはパッセに渡した指輪を見てみた。

「わわ、本当に青くなってますね」

 右手中指に嵌ってある指輪は、昨日は透明なガラス玉だったが、今は鮮やかな青い色に変わっていた。
 ジュネは彼の指から指輪を外し、自分の指に嵌める。指輪を見つめ、小さく呪文を唱えると、茶髪の少女の姿から本来の金髪の女性の姿に変わった。

 そのジュネをパッセは暫く見つめて、気が付いた。

「まさか……。その指輪って……魔力を溜める…?」
「当たりっ」

 うふっ、と可愛らしくジュネが笑うが、パッセは愕然と青い石のついた指輪を見ていた。

「何ぼけっとしてるのよ。公爵の屋敷に行くわよ」
「はい……」

 何か言いたそうなパッセだったが、ルソート公爵の元に行かないといけないので、言葉を呑み込んでジュネの後を追った。



 ルソート公爵の屋敷の前にはクロスビーと、赤みがかったオレンジ髪の青年が待っていた。

「彼は私の従者アスターだ。腕は確かだから期待しててくれ」

 クロスビーに紹介され、青年はペコリと頭を下げる。つられてパッセもお辞儀をしていた。
 その二人を見て、そう言えば自己紹介がまだだったなぁ、とジュネは思い出す。

「あたしはジュネでこっちがパッセ。それで遺産の在り処は?」

 尋ねるとクロスビーは一枚の紙を差し出した。ジュネとパッセはその紙を覗き込むと、現在はあまり使われていない文字が書かれてあった。

「遺産は北西の遺跡にあるのね。遺産が何なのかは書いて無いわねー」

 紙をクロスビーに返し、北西の遺跡へと歩き始める。

「遺跡はここから一時間歩いた所にある。さあ、行こう」

 クロスビーが先頭に歩き出した。




 ルソート公国首都クリヤを出発して十数分後。
 街道を歩いている四人の前方に数人の男が現れた。
 ガラの悪そうな面構えと、手に剣や斧を持っているところを見ると、彼らがクロスビーの言っていた賊なのだろう。
 男たちは下品な笑みを浮かべて口を開いた。

「ほぉー。ルソート公爵様じゃねぇか。丁度いい。有り金と金目の物を全部置いていって貰おうか」

 中央に立つ男が言うと、アスターが急に背負っている鞄を地面に下ろし、鞄を漁り始めた。

「ちょ……何やってんのよ。本当に渡す気?」

 溜息混じりにジュネが尋ねると、アスターは鞄から奇妙な箱を取り出した。

「何コレ」

 胡散臭そうにジュネが見つめていると、クロスビーが説明してくれた。

「彼は道具使いだよ。自ら道具を作って、それで戦うんだ」
「怪しいわね……。パッセ、さっさとやっつけちゃってよ。時間のムダ」

 腰から下がる剣を抜かず、その場にしゃがみ込み、ジュネが言う。パッセは溜息を吐いて呪文を唱えた。

「人使い荒いですよね……。神の息吹をもって彼方へと飛ぶ風となれ」

 急に街道を突風が吹き抜け、男達を吹き飛ばしてゆく。
 それを見てジュネは立ち上がった。

「何て事するのよパッセ!」

 ズカズカとパッセに詰め寄りながらジュネは叫ぶ。

「ジュネさん…?」
「あいつらは賊なのよ! 動きを封じてあいつらが持っている有り金と、そしてアジトの場所を聞かなくてどうするのよ!」
「どっちが賊なんですか……」

 ジュネの叫びにパッセが思わず呟いたが、ジュネに殴られて素直に黙る。
 パッセを殴ってもジュネの怒りは収まらず、そのまま四人は遺跡へと歩き出した。


 数分後。
 先程パッセの魔法で吹き飛ばされ、ボロボロの格好になった男達が再び四人の前に立ちはだかった。
 パッセに任せてられない、とジュネは剣を抜いて前に出た。

「さっきはよくもやってくれたな」
「それはこっちのセリフよ。さあ、有り金と金目の物を置いていって貰いましょうか」

 ジュネにセリフを取られ、リーダー格の男は怒りに顔を染める。

「ふざけるな! お前ら、やれ!!」

 叫び声に男達が一斉に飛び掛る。

「ジュネ!」

 クロスビーの悲鳴のような叫びが響くが、ジュネはあっさりと男たちを倒していた。

「弱いわねー」

 所々斬られて倒れる男達。致命傷ではないものの、戦意は失ったようだ。

「まだやるの?」

 リーダー格の男に剣を向け、ジュネが言う。
 男は暫し彼女を睨みつけていたが、素早く身を翻し、去ってゆく。

「追うわよ! アジトまで案内してもらうんだから!」

 有無を言わせぬジュネの迫力に、パッセたち三人は慌てて後を追った。



 茂みを掻き分け、木々の間をすり抜け、男は駆けていく。
 ジュネたち四人もその後を追うが、途中途中にトラップが仕掛けてあるようで、ジュネは男三人を使ってトラップを切り抜ける。

 数分程男を追っていくと、男は地下に伸びる風な洞窟へと逃げ込んだ。
 洞窟の入口でジュネは一度足を止めたが、構わず中へ進む。
 ボロボロになり、肩で息をしているパッセ達三人も嫌々洞窟へ足を踏み入れた。

 洞窟内は程よい広さで、高さもかなりある。
 入口近くは明かりが無かったが、奥へ進んでいくと壁に松明がかけられてあり、ここが賊のアジトだと確信する。

 男を追って洞窟に入り、真っ直ぐな道を進んでいると、急に開けた場所に出た。
 明かりの数は多く、洞窟内という感じをさせないくらいだ。
 幾つもの道が分かれており、ここから地下へと進む事が出来るのだろう。
 見張りのような男が三人、ジュネ達に気付き武器を構える。

「何だ、お前たちは!」

 男の問いにジュネは素直に答えた。

「賊を壊滅させに来た者よ。こっちがルソート公爵」
「ジュネさん……何で真面目に答えてるんですか……」

 後ろからパッセが尋ねてくるが、ジュネは振り返らずに答えた。

「何となくよ」

 スラリ、とジュネは腰の剣を抜いた。

「命が惜しい奴はとっとと逃げなさい。そうじゃないのならかかって来なさい!」

 挑発のようなジュネの声に、三人の男は四人に襲い掛かる。しかしジュネはパッセを囮にして、洞窟の奥へと駆け込んだ。

「そんなッ! ジュネさんーーーッ!!」

 パッセの悲鳴が聞こえるがジュネは無視して適当な道へ入る。彼女の後をちゃっかりとクロスビーとアスターが付いて来ていた。




 洞窟内を突き進み、襲ってくる賊をジュネは剣、アスターは怪しい道具で蹴散らした。

「キリが無い、頭を叩きに行こう」

 クロスビーの提案に頷き、ジュネは剣の柄で身近にいた男を殴り倒した。
 アジトへの襲撃者の情報はすぐに広まったのか、戦う力のない者や、女子供は既に逃げており、残るは厳つい男たちばかりだった。

 開けた空間でジュネ達の前に三人の男が立ち塞がった。大剣、斧、曲刀を持った、ジュネやクロスビー、アスターよりも一回りも二回りも大きな男達だ。

 剣を構えたまま、ジュネは小さく舌打ちした。
 倒せない連中ではないが、戦っている間に賊の頭に逃げられたら話にならない。

(と、なれば方法はひとつ……)

 三人の男を睨みつけ、ジュネは呪文を唱えた。

「光よ!」

 カッ、と洞窟内に眩い真っ白な光が溢れた。男達が怯んだ隙にジュネは素早く洞窟の奥へと駆け出した。
 光が収まり、視界が戻った時、クロスビーとアスターはジュネが居ない事に気付き、囮にされたと知った。


 護衛しなければいけない筈のクロスビーと、その従者アスターを囮にしたジュネは、人気のない洞窟内を走っていた。
 既に賊の頭に逃げられてしまったのだろうか。もしそうならせめて残っている宝を手に入れなければ気が済まない。

 何度も行き止まりや食料倉庫などにぶち当たり、漸くジュネは洞窟の最深部に辿り着いた。
 今まで通り過ぎてきた場所と同じくらいに開けた場所。天井からぶら下げられた幾つものアルコールランプに照らされたそこは、木製のテーブルや無数の本、砕けた木箱、割れた酒瓶が散らかっていた。

「どういう事…?」

 ジュネ達の襲撃から逃げる時に散らかしてしまったのだろうかと思ったが、ここまで酷くなるのか、と考える。
 とにかく残っている宝だけは持って帰ろうとジュネは足を進めるが、視界の端に映った赤に気付き、立ち止まった。

 床に落ちてページを開いている本を汚している赤い血痕。辺りに目をやると散乱している様々な物にも血がこびり付いていた。
 眉をひそめ、その場にしゃがみ込み、血痕へと手を伸ばした。指先に触れた血は全く乾いておらず、本を更に汚した。
 ここで乱闘があった事は明らかだ。だが一体、誰が乱闘を起こしたのか。

(パッセもクロスビーもアスターも囮にしたし……。内部崩壊?)

 ジュネがそこまで考えた時、背後でガタッ! と音が響いた。慌てて立ち上がり、剣を向ける。

「大した物が無いな、ここは……」

 賊の頭の部屋のような所から出てきた人物を見て、ジュネは剣を取り落としそうになった。
 ジュネの目の前にいた人物は、噂の怪盗だった。



 魔女シスルとナウル国一級貴族のクレルが言っていた通り、白のタキシードと同色のマントといった怪盗ルックの、銀髪に金目の青年だった。
 左目にかけられているモノクルが目を隠しているが、ジュネにはそれが何故なのかを知っていた。
 怪盗がジュネに気付き、目を見開く。

「襲撃者はお前だったのか、ジュネ」

 耳に心地の良い、聞き覚えのある声に、ジュネの苛付き度が増した。

「何であんたがここに居るのよ、ヴァーダント! しかも怪盗だなんて…!」

 地団駄を踏みそうな勢いでジュネが叫ぶと、怪盗は金の目を細めて冷やかに答えた。

「それはこちらのセリフだ。何故ラトヴィアから出てきた」
「それは……」

 珍しく口ごもるジュネに、ヴァーダントは小さく溜息を吐いた。

「……罪滅ぼしか。気持ちは分かるが、彼女は我らを救う事はできなかったではないか」
「…………」

 ジュネは何も言わなかった。何も言えなかったのではない。言っても意味がないと考えたのだ。そのジュネの態度に、青年は再び小さく溜息を吐いた。

「まあいい。とにかく国に帰れ。私はともかくジュネ、お前はこんな所でウロウロとしているわけにはいかないだろう」
「うっさいわね。そんな事は百も承知よ! あたしにはあたしの事情があるんだから暫く放っておいてよね!」

 いつもの調子に戻ったジュネに、ヴァーダントは笑みを浮かべた。そしてマントを翻す。薄暗い洞窟内の為、あまりサマにはなっていないが。

「ではジュネ、また会おう」
「あたしは二度と会いたくないけど」
「つれないな」

 苦笑いを浮かべ、怪盗は呪文を唱えた。
 呪文が完成する直前にジュネは何をしていたのかを思い出し、ヴァーダントに尋ねた。

「賊は!? あんたが倒したの?」

 呪文を唱えながらヴァーダントが小さく頷いた。辺りに散る血の量と、彼の性格を考えると、賊は殺さずに気絶させているだけだろうというのが分かった。

 ヴァーダントの呪文が完成し、風と光の嵐がジュネを襲う。
 暴風に吹き飛ばされそうになり、尻餅をついた瞬間、目の前の景色が洞窟内から森の中へと変わっていた。

「ジュネ!」
「ジュネさん、大丈夫ですか?」

 声が聞こえてきた方を向くと、一応元気そうなパッセとクロスビーとアスターが立っていた。三人は何が起きたのか、全く分かっていない表情をしていた。
 パッセの手を借り、ジュネは立ち上がって辺りを見回す。賊のアジト付近の森のようだが、アジトとなっていた洞窟は何処にもなかった。

「パッセもあのくらい、魔法が使えればねー」

 そうすれば苦労がないのに、とジュネが言うと、パッセはその場にしゃがみ込んで、

「どーせ僕は宝の持ち腐れ状態の魔力を持った魔法使いですよ……」

 と落ち込んだ。

「それで、ジュネ。賊はジュネが倒したんだろう?」

 クロスビーに尋ねられ、ジュネは何があったのかを話し始めた。

「賊を倒したのはあたしじゃなくて、噂のかいと…ああああああッ!!」

 ジュネはある事を思い出し、腹の底から叫んだ。
 すぐ側で叫ばれたクロスビーは尻餅をついた。アスターと落ち込んでいたパッセは、彼女の声に姿勢を正す。

「あんのバカダント! あたしの報酬、持ち逃げしやがった…! 今度会ったら絶対許さないんだから!!」

 地団駄を踏みながらジュネは叫んだ。
 今、声をかけたり近付いたりしたら殺されると思った男三人は、ジュネからかなり離れた所まで逃げて、彼女の怒りがおさまるのを待った。



 ジュネの怒りは意外とすぐにおさまり、四人はルソート公爵家に代々伝わる遺産のある遺跡を目指して歩き出した。
 賊は怪盗ヴァーダントが滅ぼした為、襲ってくるのは魔物ばかりだった。

 今度は誰かを囮にする事はなく、誰も囮にはならず、ジュネは剣で、パッセは魔法で、アスターは相変わらず怪しい道具で魔物を倒した。
 魔物と何度か戦闘を繰り返して一時間後。ジュネたちは遥か彼方まで広がるような平原にぽつりとある石造りの遺跡の前へとやってきた。

 長い年月、雨風に晒され、遺跡の所々に大きなヒビが入っており、入口の左右にある石柱は真ん中からポキリと折れていた。

「迷子になりそうな遺跡ねー」

 手で太陽の光を遮りながら、ジュネは遺跡を見上げた。

 遺跡の高さはそこまでないので、もしかすると地下にも伸びているのかもしれない。
 地上部分が全て吹き抜けだったら楽なのにねー、と呟き、ジュネは遺跡へと足を踏み入れた。

 先頭は魔法の明かりで辺りを照らしているパッセ。その後ろはクロスビーとジュネ、殿(しんがり)にアスターといった順番で遺跡内を進んだ。
 遺跡は入口のみ吹き抜けていたが、他は吹き抜けになっておらず、迷路のように入り組んでいた。
 前と後ろ、どちらから魔物等が来てもいいように守らせ、ジュネはクロスビーを話していた。

「ルソート家に代々伝わる遺産って何なのかな? 道具屋の割引券とか『ジュース飲み放題』券とか?」

 ジュネの言葉にクロスビーは笑った。

「有り得なくはないな。期限の切れた割引券とか」
「あー、せめて宝石とか魔法アイテム! 賊が溜め込んだ金品を全部取られたんだから!」

 見つけたら一発殴って役場に突き出してやるー! 天井に拳を掲げ、ジュネは叫んだ。

「あ」

 前を歩いているパッセが、急に変な声を上げて立ち止まった。
 彼の隣まで歩いていき、ジュネは不思議そうに尋ねた。

「どうしたの?」
「今、目の前を何かが通り過ぎたような……」

 クロスビーとアスターもやってきて、目を凝らして通路の先を見るが、暗闇が広がっているだけで、何も見えない。

「魔物とか、別の盗賊か、トレジャーハンターか。もしかしたら幽霊かも!」

 ニヤニヤと楽しそうにジュネは言うが、パッセは顔を真っ青にして怯えた。
 未だ記憶に新しい、山岳地帯の町に現れた幽霊やアンデット系のモンスター。何も出来ないから、とジュネに囮として使われたのだ。
 幽霊やアンデット系の魔物よりジュネの方が怖いが、酷い目に遭うのは嫌なので黙っておく。

「ほら、いいから先頭を歩きなさいよ。時間のムダ」

 ぐいっと背中を押すジュネに、パッセは鬼だ、悪魔だと思ったが口には出さなかった。


 それから黙々と遺跡内を奥へと進んで数分後。
 四人の足音にすらビクビクしながら先頭を歩くパッセに、ジュネは溜息を吐いた。

 その時、カツン、と小さな音が聞こえてきて、前方の曲がり角からぼんやりと白く光る人物が現れ、別の角へと消えていった。
 たった一瞬の出来事だったが、パッセは腰を抜かして床にへたり込んでしまった。一方、ぼんやりと白く光る人物の顔をしっかりと見たジュネは、その人物が消えて行った角へと駆け出した。

「待ちなさい、ヴァーダント!!」

 あっという間にジュネの声と足音が遠ざかる。置いてけぼりにされたクロスビーは、彼らに護衛を頼むんじゃなかったと後悔した。
 片方は幽霊という単語ですら腰を抜かし、もう片方は依頼主を囮にしたり置き去りにするいい加減な者。
 深々と溜息を吐くクロスビーだったが、ジュネの言葉を思い出し、首を傾げた。

「ヴァーダント……。怪盗ヴァーダント?」



 ジュネは全速力で目の前の白く光る人物を追っていた。
 白く光っているのは、着ている白い服が魔法の明かりを反射しているからだ。幽霊ではなく、晴れた昼間に出会ったら目が痛くなりそうな格好の怪盗だ。
 ジュネは走るスピードを上げ、なんとか怪盗に追いつく。

「アンタ…何度邪魔する気よ!」

 走りながら叫ぶジュネに、怪盗の青年は平然と答えた。

「邪魔…? 私はこの遺跡に眠る宝を手に入れようとやってきただけだが?」
「賊のアジトのお宝、全部持っていったんでしょ!」

 ジュネが叫ぶと、青年は「ああ……」と思い出す素振りをした。

「残念だったな」
「ムカツクッ! ここのお宝はあたしの物よ!」

 正確には、この遺跡に隠されてある遺産は、ジュネの依頼主のクロスビー=ルソートの物だ。しかし今のジュネの頭の中には、その事が綺麗さっぱり消え去っていた。

 ヴァーダントは小さく笑った。

「精々頑張りたまえ」

 床の石畳に紛れ込んでいる、僅かに色の違う石を軽く踏んだ。
 カチリと乾いた音が遺跡内に響き、ヴァーダントの後ろを走っていたジュネを目掛けて、何処からともなく無数の矢が襲い掛かった。
 囮に出来る三人の男を置いてきてしまったジュネは、咄嗟に呪文を唱えて矢を吹き飛ばした。

「次」

 壁に埋まっているトラップのスイッチを、ヴァーダントはトン、と叩いた。
 今度は頭上から槍が降ってきて、ジュネは慌てて避けたり、剣で薙ぎ払った。

 次々とトラップを起動させるヴァーダント。落とし穴、トリモチ、降ってくる天井など、様々な罠をジュネは必死に突破した。

 猛スピードで遺跡を突き進むヴァーダントを追い、彼がいちいち起動させるトラップの所為で、ジュネは肩で息をし始めた。
 走るスピードが落ちるが、ヴァーダントを一発殴るという気力だけでスピードを上げる。

「なんで、この遺跡は、こんなにトラップがあるのよ……」

 ただヴァーダントを追うだけと思っていたのだ。トラップが仕掛けられている事まで頭が回らなかった。
 無謀にも程がある、とジュネは深く溜息を吐いた。

 トラップを起動しまくっていたヴァーダントは、ジュネの疲労に気付き、出来るだけトラップを起動させないように気をつけて走った。ヴァーダントもこんなにも沢山のトラップが仕掛けられているとは思わなかったのだ。

 ジュネを傷付けるつもりはないヴァーダントは、かなりの時間をあけて、トラップを起動させるようにしていた。トラップを起動させるのを止めないのは、ここで情けをかけられるのをジュネが嫌うからだ。
 フラフラと、かなりの疲労を見せながら、それでも追って来る彼女を振り返り、ヴァーダントは溜息を吐いた。
 これ以上トラップを起動させればジュネが危険だ。いい加減宝のある部屋に辿り着け、とヴァーダントは心の中で毒吐いた。

 少し走るスピードを落とすか。相変わらず甘いよなァ、と深々と溜息を吐いた時、足元でカチッ、と小さな音が聞こえた。
 背筋に冷たいものが走る。無意識のうちに足が止まっていた。
 咄嗟に後ろのジュネを振り返ると、彼女の死角から魔法の矢が現れた。

(二重に罠が張られていたのか…!)

 手前にあったトラップの起動スイッチに気付き、避けると必ず踏んでしまうように計算されたトラップだ。
 疲労の為か、ジュネは魔法の矢に気付いていない。ヴァーダントは駆け出した。

「危ないッ!」

 矢がジュネに刺さる寸前、ヴァーダントは彼女を押し倒した。
 ジュネに刺さる筈だった魔法の矢は、壁に突き刺さり爆発した。
 降り注ぐ壁の破片からジュネを守ったヴァーダントは、ジュネの顔を覗きこんだ。

「怪我は無いか? ジュネ」

 疲労でフラフラする頭のまま、ジュネは顔を上げた。青年の顔を近くで見て、ぼんやりと思った。
 ジュネを助ける為に押し倒した時に飛んでいったのだろう。左目にかけられていたモノクルがなくなっていた。
 今までモノクルで隠されていたヴァーダントの左目は、

「怪我は無いわ。それより、疲れた……」

 自分と同じ、血のような赤だ。




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