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遺産大騒動【後編】


 何時まで経っても自分の上にいるヴァーダントの頭を、ジュネは軽く叩いた。

「いつまでこうしている気よ、バカダント」

 ジュネに言われ、漸く気付いたヴァーダントは、一言謝って彼女から離れて立ち上がった。
 ジュネは体を起こし、その場に座り込んだまま、大きく深呼吸した。

「取り敢えず礼を言うわ。助けてくれてありがとう。でもあんたがボコボコトラップを起動させたり油断して二重トラップに引っかかったりしなければこんな目に遭わずに済んだんだけど。というわけで責任取って欲しいから賊のアジトにあったお宝全てあたしに頂戴」

 一気にまくし立てたジュネに、ヴァーダントは驚いていたが、急に笑い出した。

「なによ」

 何で笑うのよ、と半眼で睨みつけると、ヴァーダントは笑いをおさめる事無く、短く謝った。

「いや、ジュネは元気だなと思って」
「あんたの所為で元気じゃないわよ! いいからお宝頂戴!」
「悪いが、それは出来ない」

 目尻に浮かんだ涙を拭い、真面目そうな顔でヴァーダントは答えた。
 一体何がそこまでおかしかったのか、ジュネはもう一度彼を睨みつけた。

「何で駄目なのよ。そもそも何で怪盗とかやってるのよ」
「ただの暇潰しだ。アジトで手に入れた宝をやる事はできないが、この遺跡に眠る宝を見せてあげよう」

 手を差し出し、立ち上がるのに力を貸そうとするが、ジュネはその手を払って自力で立ち上がった。

「で、お宝って何? 道具屋の割引券?」

 何であんたが知ってるのよ、とジュネは言ったが、ヴァーダントは答えずに歩き出した。
 彼を追い、白い背中に向けてジュネは先ほど笑ったお返しとばかりに、一つ毒を吐いた。

「トラップ起動させるんじゃないわよ。今度はアンタを道連れにしてやるからね」

 何故か再び笑い出すヴァーダントに、ジュネは鉄拳をもって黙らせた。




 慎重にトラップを避け、時々二重トラップに引っかかりながら二人がやってきた所は、複雑な彫刻が施された大きな観音開きの扉の前だった。

 ふとジュネは、右手中指にはめてある指輪に目をやる。指輪に付いている石は、今朝はサファイアのような青さを持っていたが、トラップを切り抜ける時に魔力を使いすぎたのか、薄い水色に変わっていた。
 魔力が切れ、呪いの姿――十歳の茶髪の少女――に戻るのも時間の問題だ。側にパッセが居れば、彼の魔力を奪う事ができるが、彼を遺跡内の何処かに置いてきた為、魔力を奪う事が出来ない。

(まいったな……。あたしの魔力はどの位残っているか分からないし……ん?)

 ふ、とジュネは扉を見上げてどうやって開けるかを考えている怪盗を見た。

(いい所にいるじゃん)

 心の中で指を鳴らし、青年に声をかけた。

「ヴァーダント、手貸して」

 ジュネの言葉に、何も考えずに素直に左手を差し出す銀髪の青年。ジュネは彼の手をしっかり握って、高らかに呪文を唱えた。

「彼の者の魔力を我が呪いを打ち消す力へと変換する」

 ヴァーダントの魔力全てを奪ってしまうと、彼が後々困るので、半分だけ頂く。パッセ程の魔力は無いので、精々持って1、2時間くらいだろう。

 扉から目を離し、ヴァーダントがジュネを見た。その表情は魔力を奪われたという驚きではなく、ジュネの言葉に何か引っかかっているといった表情だ。

「呪いとはどういう事だ」

 ヴァーダントの表情が険しくなる。声色も先ほどまでの穏やかさはなくなっていた。
 手をきつく握り返されたジュネは、平然と答えた。

「どうって、そのままの意味よ。油断してたから魔女に呪いをかけられたわ」

 ジュネが数刻前に言っていた事情とはこの事だったのだろう。
 こうと決めたらジュネは何を言っても聞く耳を持たない。それが分かっているヴァーダントは溜息を吐いた。
 何を言っても無駄なのは分かっているが、これだけは言いたかった。

「国から出なければ呪いをかけられる事もなかっただろうに……」

 それは、無様に呪いをかけられた彼女を責める言葉ではなく、彼女を心配しての言葉。

「今更そんな事言っても意味無いでしょ」

 彼女には全く言葉は届かなかったようだ。

 ヴァーダントは仕方なくジュネの手を離した。彼女はもう子供ではないので、そこまで気にかける必要はないだろう。ヴァーダントは観音開きの扉へと向き直った。
 ジュネも漸く扉に目をやり、呟いた。

「ここに遺産があるのね」

 一体どんな物だろうかと、ウキウキとジュネは様々な想像をするが、ヴァーダントが水を差した。

「遺産? 何の事だ」
「アンタこそ何言ってんのよ。ここにはルソート公爵家に代々伝わる遺産が隠されているのよ」

 今まで綺麗さっぱり頭の中から消し去っていた事を思い出したジュネが言った。しかしヴァーダントは首を捻った。

「そんな話は聞いた事がないな」
「じゃ…ヴァーダントはここには何があるって聞いたの?」

 扉と向き合っていたヴァーダントは、扉の彫刻に紛れ込んでいた魔法陣を見つけて、扉にかけられていた封印を解いた。

 ギィ…と重い音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。
 部屋の中が少しずつ明らかになる。
 それを見届けながら、ヴァーダントはジュネに言った。

「シアン=ウィステリアが我が一族の為に様々な地に魔法アイテムを遺していったのを知っているだろう。ここはその内のひとつだ」

 ガァン、と開いていた扉が止まった。ヴァーダントの後ろからジュネは部屋を覗いた。
 魔法の明かりに照らされた部屋は広く、奥には祭壇があった。
 スタスタと祭壇へと歩いていくヴァーダントを見て、ジュネはある事に思い当たり、彼に尋ねた。

「ヴァーダント! あんた、シアン様が遺してくれたアイテムをどうするつもりなの!?」

 彼には必要ない物だ。ヴァーダントもその事は良く知っている筈だ。

 ヴァーダントは立ち止まる事無く、祭壇の前まで行き、そこにあった一冊の本を手に取った。パラパラとページをめくり、ジュネの問いに答える。

「聞くまでも無いだろう。私にとっては必要の無い物。ならば売るだけだ」

 ジュネは腰の剣に手をかけた。何度か自分に対して甘い所を見せたり、暇潰しだと言っていたが、彼は怪盗に変わりはないのだ。
 力ずくでもシアンが遺してくれたアイテムを手に入れてやる、と剣を抜こうとするが、ヴァーダントがジュネに本を投げて渡した。
 慌てて本をキャッチすると、ヴァーダントは微笑んだ。

「お前と会うとは思わなかったからな。ジュネ、お前には必要だろうから売らないでやろう。役に立てるように。では、ラトヴィア神聖国で会おう」

 呪文を唱えてヴァーダントはジュネの目の前から消えた。
 ジュネはシアンが遺してくれた、魔道書の類のような厚い本のページをゆっくりとめくった。

「……………………」

 ドサッ、とジュネの手から本が落ちた。

 ジュネはダメージを受けて動けない。本が床に落ちているのは知っているが、怒りや呆れ、期待を裏切られた衝撃により、本を拾う事をしなかった。

 ジュネの足元でページを開いている本は、『オススメ!』と沢山書かれたガイドブックだった。

「こんなの貰って嬉しいのはパッセだけじゃないッ!!」

 ジュネの悲鳴が、暫く遺跡内に木霊した。




 衝撃から何とか立ち直ったジュネは、迷路のような遺跡内でパッセ達と合流する事ができた。

 クロスビーに報酬を下げるぞ、と怒られ、ジュネはひたすら謝った。
 賊が溜め込んだ宝は手に入らず、シアンが遺してくれたアイテムはガイドブック。これでクロスビーから貰える報酬金貨十五枚を少なくされると、これからの生活が困る。
 ジュネはクロスビーが許してくれるまで謝り、遺産を手に入れるまで囮にしない、置き去りにしないと誓った。
 因みにガイドブックはパッセに渡した。ジュネと同じように魔道書と思っていたパッセは、中がガイドブックだった事にかなりの衝撃を受けていた。

 遺産を探し、一行は再び遺跡内を進み始めた。相変わらず先頭はパッセ、その後ろにジュネとクロスビー、そして殿はアスターだ。
 魔物や幽霊は一切出てくることはなく、ジュネが不思議に思ったくらいにトラップは仕掛けられていなかった。

「遺産って、ずっとこの遺跡にあるの?」

 ひとつもトラップに引っかからない事に、ジュネは疑問に思った。シアンが遺してくれた宝がある部屋に向かう時は無数にトラップが張られてあったのに、こちらには無いのがかなり不自然だ。
 どういう事だろうと考えながらジュネが尋ねると、クロスビーは、

「多分、父が自らこの遺跡に隠しに来たと思うが」

 この言葉にジュネは納得した。
 クロスビーの父、先代ルソート公爵のグラジオラスは遺跡に遺産を隠しに来たが、遺跡内はトラップだらけで、トラップを越える力のない公爵は仕方なくトラップの無い道を選んだのだろう。そして、そんなに奥には遺産は隠していない事が分かった。

 ジュネは三人にトラップが仕掛けられている通路は無視するように指示した。
 危険の無い道を進んで十数分後。一行は部屋が多く並ぶ通路に辿り着いた。

「手分けして探しましょう」

 ジュネが提案し、それぞれ部屋の扉を開けては閉めるを繰り返していく。部屋といっても小さく区切られているだけで、中には家具類等、一切無かった。
 何十とある部屋をひとつひとつ隠し通路や隠し階段がないか、と探していく。しかしどれだけ丁寧に調べても遺産は無く、隠し通路や隠し階段も無かった。

 最後の部屋の前に四人は集まり、何が起きてもいいようにパッセが代表して扉を開けた。
 その部屋も今まで調べてきた部屋と同じく、何もない部屋だったが、壁に一枚の紙が貼られていた。
 紙には先代ルソート公爵の達筆な字で、ここまで無事にやって来たクロスビーを褒め称える文と、遺産の在り処が書かれてあった。

「遺産は……屋敷の執事に預けてあるってマジかよ」

 やられた、とクロスビーは項垂れた。彼の父親はやはり人をからかうのが大好きなようだった。

「屋敷に戻ろう。ここまで無駄に付き合わせたようで申し訳ない」

 クロスビーがジュネとパッセに頭を下げた。パッセはあたふたと焦るが、ジュネは高らかに笑った。

「貴方のお父様って面白い人だったのね」

 ジュネの言葉に、クロスビーも小さく笑った。



 屋敷に戻った四人を、執事が出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。遺産は見つかりましたか?」

 恭しく尋ねてくる執事に、クロスビーは笑った。

「よく言う。父さんから預かっているんだろう? 遺産」
「ええ。すぐにお持ち致します」
「頼むよ。部屋で待ってるから」

 クロスビーはジュネとパッセを自室へ案内した。アスターは既に別の仕事に行っていた。

 召使が持ってきたお茶とお茶菓子を頂きながら待っていると、執事が紺色の細長いケースを持ってきた。受け取ったクロスビーは不思議そうな顔をしてケースを開けた。
 ケースの中には二つの指輪があった。執事が差し出した手紙には、『早く嫁を貰えバカ息子』と父親の字で書かれていた。
 その下に小さな文字で『孫の顔が見たかった』と書かれてあるのを見て、クロスビーは苦笑いを浮かべて小さく呟いた。

「何か、悪い事をしたな……」

 遺産と手紙を見せてもらったジュネとパッセは、揃って同じ事を思った。

 面白い父親だな、と。




 〜おまけ〜
 賊頭「おい、街かオアシスは見えたか?」
 賊A「何も見えませんー! 蜃気楼でしたーッ!!」
 賊B「お頭ー、水が欲しいでーす」
 賊C「アツイよー、お頭〜」

 怪盗ヴァーダントの魔法によって飛ばされてしまった賊一味は、ラトヴィア神聖国の砂漠のど真ん中で立ち往生していた。

 賊頭「覚えてろ、怪盗ヴァーダント! 必ず仕返ししてやるッ!」

「その前に干からびないように」


 +END+
 2003/08/25 up




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