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賞金稼ぎ大乱闘【前編】


「パッセ、そっちに行ったわよ!」

 結界越しにジュネは叫んだ。

 青い空が広がる晴れた日。自分達以外には何も見えない広い広い平原で。

「収束せよ、蒼き息吹。貫け、氷の矢よ!」

 太陽の光を浴び、キラキラと光を放つ透明の矢が、青い髪の青年パッセの目の前に現れた。
 彼目掛けて猛スピードで駆けて来る黒い魔物に向かって矢が放たれるが、魔物はそれを易々と交わし、パッセに体当たりを食らわせた。
 咄嗟に張った結界に阻まれ、パッセは体当たりを食らう事はなかったが、あまりの衝撃に地面に転がった。

 ルソート公国とナウル国の国境付近の平原で、ジュネとパッセは黒い魔物と戦っていた。



 ルソート公国を治めているルソート公爵家に代々伝わる遺産を探し終えたジュネとパッセは、宿屋でこれからの事を話し合っていた。
 テーブルにパッセが愛用しているガイドブックについている大陸の地図を広げる。呪いの姿である茶髪の少女のジュネは、椅子の上に立って、地図を指差した。

「これからラトヴィア神聖国に行くわよ。まず、ナウル国へ行き、北の港からラトヴィアへ渡るわ」

 パッセに話しながら指で地図をなぞる。すると、ジュネの指がある所で止まった。
 彼女の小さな指が示している場所は、ラトヴィア神聖国の南にある大きな砂漠だった。

「この砂漠を越える訳にはいかないから……」

 ナウル国の北の港からラトヴィア神聖国の大陸を東へと迂回するルートを指でなぞった。

「首都から離れてるけど、こっちの方が安全だから、このルートを行きましょう。金額は高いけど、急がば回れってね」

 微笑んでジュネは地図をしまい、ガイドブックをパッセに渡した。

「それと、お金が無いから稼がないといけないわ」

 今居るルソート公国で、ルソート公爵の依頼を受けて仕事をした時、かなりの額の金が入る予定だった。しかし予定外の出来事が起き、結局金貨十五枚しか得ることが出来なかった。
 ナウル国からラトヴィア神聖国までの船賃は二人で金貨四枚。宿代や必要な物を買えば金貨十五枚など、あっという間に無くなってしまう。その為、ジュネはナウル国で金を稼ぐ事を提案した。

「お金稼ぐって、アルバイトするんですか?」

 ガイドブックを鞄にしまいながら、パッセは尋ねた。

 かつて彼も金が無くなりかけた時にアルバイトをした事がある。どんなアルバイトをする事になるのかは分からないが、取り敢えず大丈夫だろうとパッセは思ったが、ジュネの一言でその思いも霧散した。

「そんな悠長な事、してらんないわよ。こー、短期間でかなりの額を稼げるような…」
「短期間でかなりの額……と言いますと、カジノとか」

 大きな街にはカジノという娯楽場があるらしい。カードゲームやルーレット等、金を賭けて勝負し、勝てば儲かるといった感じだ。パッセは行った事はないが。

 ジュネはそのパッセの考えをも否定した。

「違うわよ。そんな負ける方が多い所に行ってどうするの」
「じゃあ……援助こう…痛ッ!!」

 ジュネに殴られ、パッセは最後まで喋る事が出来なかった。

「アンタ、もっとましな考えは無いワケ!? そんなんじゃ人買に売り飛ばすわよッ!」

 売れるかどうか知らないけど、とジュネは椅子に座った。

 殴られた頭を撫ぜ、パッセは「じゃあ、どうやって稼ぐんですか?」と尋ねる。ジュネは「そんなの決まってるでしょ」と偉そうに答えた。

「賞金がかかっている魔物を倒すのよ」

 ジュネの言葉にパッセは顔を青くした。

「しょ、賞金がかかっている魔物って、賞金がかかっているだけあって、滅茶苦茶強くて凶暴なんじゃ……」
「何言ってんの、あんた」

 ジュネは青年を睨みつけた。

「あんたはあのシアン様の息子で、シアン様と同じくらいの魔力を持ってるのよ! いい加減情けない事言わない! それだから何時まで経ってもその魔力は宝の持ち腐れ状態なのよ」

 ジュネの言葉にパッセは項垂れた。正にその通りだった。
 そんな彼を見て、ジュネは小さく笑った。

「まー、別に何百とお金が欲しい訳じゃないから、大した魔物が相手じゃないわよ。あんたの魔力とこのあたしがいれば充分倒せるわよ」

 ジュネに慰められ(たかどうかは怪しいが)、パッセは少しだけ気分を良くした。

「じゃ、明日の朝出発! 歩いてナウル国に入るんだから寝坊すんじゃないわよ!」

 こうしてジュネとパッセはナウル国へ向かう事となった。




 ルソート公爵の依頼でやってきた事のある、国の北西の遺跡がある所から平原となり、その平原を越えるとナウル国に入る。
 ジュネとパッセは他愛の無い話をしながら、地平線の見える平原を歩いていた。
 遠くに木が何本か見えるだけで、後は緑の平原が広がっている。空は青く、真っ白な雲が幾つか浮かんでいるだけ。時たま二人の頭上を、変な声を上げて鳥のような魔物が飛んでいった。

 一時間ほど歩いていると、パッセが気の抜けた声を上げた。

「暇ですねー……」

 変わり映えのしない風景に溜息を吐く。ジュネもパッセ同様、この風景に飽きてきていた。

「馬か馬車か、借りれば良かったわね」

 このジュネの言葉に、パッセはあることを思い出し、辺りを見回した。キョロキョロと平原を見回しても何も無い。

「そういえば、誰も通ってませんよね」
「離れた所に街道があるからね。でも、急いでる人たちからすれば、平原を越えた方が早いわよね……」

 ジュネとパッセはそれぞれ嫌な予感がし、無意識に足を止めた。

 街道より平原を通った方が早いのに、人は一切通っていない。となると、考え付くのはいくつかの事。
 ひとつはナウル国が何らかの理由で平原に立ち入る事を禁じている事。もうひとつは。

 ジュネは何処からともなく急に現れた気配に気付き、呪いの姿である茶髪の少女から本来の金髪の美女の姿に戻り、二人を囲むような結界を張った。直後、結界に黒い塊がぶつかってきた。
 黒い塊は結界に阻まれている事に気付き、一度結界から離れる。ジュネとパッセは黒い塊を見て、思わず息を呑んだ。

 豹とチーターを足したような体格の魔物だった。豹とチーターが持つ動きの素早さと足の速さも兼ね備えているようだ。
 音も無く平原を音速で駆け抜け、平原をのん気に歩いている旅人や商人、冒険者達の背後にやってき、鋭い牙を持つ口でバクリと頂くのだろう。
 ほんの一瞬の出来事に、何が起きたのか分からずに殺されてしまうのだろう。

 ジュネは気配が現れたときに、その気配の正体を探さずに結界を張った自分を思わず褒めた。結界を張る事が一瞬でも遅れていたら、自分もパッセも今頃はあの世に辿り着いていたに違いない。

 結界に体当たりを食らわす魔物を見て、ジュネは平原を誰も通らない事を理解した。
 動きの素早い魔物が背後から音も無く駆けて来、気付く前に食われるのなら、平原を通り抜ける方がナウル国に近くても、皆街道を通るに決まっている。

(こんな魔物がいるのなら、誰か教えなさいよね)

 思いつく限りの顔を思い浮かべ、それぞれに悪態をつくジュネ。それから腰を抜かし、へたり込んでいるパッセを見下ろし、どうやって魔物を倒すかを考え始めた。

 魔物が諦めて去ってくれれば一番いいが、それまで魔力が持つのか。平原を抜ける前に再び襲われたとき、咄嗟に結界を張って身を守る事ができるのか。

(出来るわけないじゃない。今回は運が良かったのよ)

 ジュネは他に何か方法が無いかと考える。逃げられる前に確実に倒しておかないといけないのだ。ここで逃げられれば、二人は再び襲われた時、この魔物の餌になる。

 ジュネは思いついた方法を、思いついた順に挙げてみた。

 一つ目は、パッセの攻撃魔法で魔物を倒す方法。結界の外に魔法を放つことが出来ればいいのだが、そんな高度な事をパッセが出来るとは思えなかった。

 次に、パッセの魔法で魔物の動きを止める方法。素早い魔物に上手く魔法が当たるのかはともかく、パッセがそんな高度な魔法を使える筈がない。彼の魔力なら使えるのだが、パッセが知っているとは思えなかった。

 ジュネは深々と溜息を吐いた。今、自分達が出来ることは、それぞれ離れた場所に立ち、距離を開けて、魔物が駆けている所を狙って魔法を放つ、事ぐらいだろう。魔物が疲れて動きが鈍ればこちらの勝ち。
 ジュネは未だに地面にへたり込んでいるパッセに声をかけた。

「パッセ、あの魔物を倒す方法を言うわよ」

 彼女の声に、パッセは勢い良く顔を上げた。

「あの魔物を倒すんですか!? そんな、無理ですよ!!」

 叫ぶ青年にジュネは溜息を吐き、冷やかに見下ろした。

「そう、ならいいわ。無理に戦わなくてもいいから、アンタはあたしが逃げる為に囮になりなさい」

 ジュネがこう言うと、パッセはすっくと立ち上がった。

「頑張って魔物を倒させていただきます」

 ジュネは再び溜息を吐き、青年に作戦を話し始めた。

「取り敢えず二手に分かれるわよ。あんた、結界の外に魔法を放つ事が出来ないでしょ? だから、あたしの方に向かってくる魔物目掛けて魔法を放つ事。いいわね?」
「は、はい」

 黒い魔物が結界に体当たりをして、距離を取る為離れた隙に結界を解く。素早く二人は魔物から離れた場所へ走った。
 魔物はどちらへ行くかを悩み、女であるジュネへと駆け出した。しかしジュネの張った結界に阻まれ、ひ弱そうなパッセへと目標を変える。

「パッセ、そっちに行ったわよ!」

 結界越しにジュネは叫んだ。魔物の行動が早すぎる。もう少し結界を破ろうと体当たりを繰り返すと思っていたが、魔物はすぐにパッセへと駆け出した。
 パッセの呪文を唱える声が聞こえてくる。

「収束せよ、蒼き息吹。貫け、氷の矢よ!」

 パッセの目の前に太陽の光を浴びてキラキラと輝く氷の矢が現れた。
 黒い魔物目掛けて矢が放たれるが、魔物は素早い動きで矢を避け、パッセに体当たりを食らわせた。
 咄嗟に結界を張ったパッセだったが、あまりの衝撃に地面に転がった。

 パッセの魔法が避けられた時に結界を解いて呪文を唱えたジュネは魔法を放つ。パッセの氷の矢とよく似た炎の矢が、様々な方向から魔物に向かって突き進むが、黒い魔物は炎の矢を全て避けた。
 魔物が避けた為に、ジュネが放った炎の矢がパッセの結界に当たり、爆発を起こした。驚いたパッセは立ち上がり、結界越しにジュネに向かって叫んだ。

「何て事するんですか、ジュネさん!」

 結界を張って魔物の攻撃を阻んでいるジュネは、彼を睨み付けた。

「うっさいわね! 結界を張ってたんだから平気でしょ! それより!」

 ジュネはキリがないと思った。幾ら魔法で攻撃しても、この黒い魔物は全て避けてしまうだろう。かといって剣で攻撃できる程、ジュネの腕はそんなに良くない。

(こうなったら、パッセには悪いけど、この魔物はとにかくここで倒さないといけないし……)

 ジュネは結界越しにパッセに叫んだ。

「いいわねパッセ! これからあたしが言う通りにしなさいよ!」

 離れた所でパッセが頷いた。彼もどうにかならないのか、と考えていたようだ。

「まず、結界を解く! そしたら魔物があんたに向かって駆けていくから、あたしの合図で結界を張る事!」
「それで、どうなるんですか!?」

 結界を解いて、もう一度張り直すだけで、どうやって魔物を倒すことが出来るんだ、とパッセは尋ねた。しかしジュネは答えなかった。

「結界を張るのが少しでも遅かったら、黒コゲになるからね! さあ、結界を解きなさい!」

 パッセの悲鳴が上がったが、ジュネは無視した。
 パッセはジュネの事を鬼だ、悪魔だと思っていたが、逆らうと怖いので、仕方なく結界を解いた。

 ジュネの周りをウロウロとしていた、豹のような、チーターのような魔物が気付き、パッセ目掛けて弾丸のように駆け出した。ジュネは結界を解いて叫んだ。

「今よ!」

 魔物が鋭い牙を光らせてパッセに飛び掛る寸前、パッセは結界を張った。それと同時に結界の外で大爆発が起きた。
 パッセは再び地面に転がる。魔物の断末魔が広い平原に響き渡った。

 爆発が収まると、平原には地面に転がったままのパッセと、魔力を使い果たして呪いの姿に戻ったジュネの二人しかいなかった。
 黒い豹のような魔物の姿は何処にもなかった。

「大・成・功ーッ!!」

 茶髪の少女が嬉しそうにガッツポーズをした。地面に転がっていたパッセは、のろのろと起き上がり、恨めしい気持ちでジュネを見た。
 魔物を倒せた事は嬉しいが、ジュネに囮にされた事は嬉しくなかった。

 パッセの視線に気付き、ジュネが睨みつける。

「何よ」

 何か言おうと思っていたパッセだったが、囮にされるのは何時もの事だし、魔物を倒す事が出来たし、自分は黒コゲにならずに済んだし、ジュネは怪我一つしてないので文句を言うのを止めた。

「何でもないです」
「そう? なら、ナウル国目指して出発! またあんな魔物がやってきたら嫌だし」

 ジュネの言葉にパッセは素早く立ち上がり、スタスタと歩き出した。また囮にされるのはゴメンだと思ったのだ。




 再び平原を歩き出して一時間後。ふとある事を思い出してパッセが辺りを見回し始めた。

「どうしたの?」

 足を止める事無くジュネが尋ねると、パッセは辺りを見回しながら、

「国境はまだかな、と思って」
「とっくに過ぎたわよ」

 ジュネの言葉にパッセは足を止めた。

「そんな…! てっきり柵みたいなのがズラーっと並んでて、そこに兵士が二人立ってて通行証は!? とか聞かれるんだと思ってたのに……」

 何ソレ、とジュネは思った。

 確かにパッセが思っていた通りの国境があってもおかしく無いだろう。しかし、

「兵士が立ってたとしても、さっきの魔物にパクッと食べられてたんじゃない?」

 そう言ってジュネは歩き出す。彼女を追いながらパッセは、それもそうだと思った。魔物に食われると分かっているのに、誰が国境の警備につきたがるのか。自分だったら絶対嫌だ、と思うパッセだった。

 更に一時間経って、漸く平原の先に街道が見えてきた。街道の奥には聳え立つ真っ白な城が見えた。
 ジュネとパッセが街道に入ると、街道を歩いていた商人や旅人、冒険者達が驚いて彼女らを見た。すぐ側にいた商人風の男が、二人に恐る恐る尋ねた。

「君達、もしかしなくても、平原を通って来たんかい?」
「そうよ」

 訝しく思いつつ、ジュネは頷いた。すると周りの人達は更に驚いた。

「ま、魔物と遭わんかったんかい? 黒豹みたいな魔物だ」

 再び商人の男が尋ねると、ジュネは偉そうに答えた。

「遭ったわよ。勿論倒したけど」

 ワッ! と急に歓喜の声が上がった。そしてそこらに居た人々がパッセの周りに集まった。

「いやー、平原を通れなくて困ってたんだよ!」
「強いねー、あんちゃん!」
「剣を持ってないって事は、魔法使いか?」
「どうやって倒したか、教えてくれよ。酒、奢るからさ」
「うちの店に泊まりな! 英雄さんは大歓迎!」

 わーわーぎゃーぎゃー。
 複数の人間に一斉に言われ、パッセは苦笑いを浮かべた。そして側にいるジュネが怖いので、遠慮気味に全員に向かって言った。

「あの…僕は特に何も。魔物を倒したのは彼女で……」

 パッセの隣に金髪の美女が立っていた。何時の間に!? とパッセは思ったが、他の人々は何時からそこに居たのか等は全く気にしておらず、パッセから金髪の美女へと集まり、質問を繰り返した。
 様々な質問をされるが、ジュネは答えるのが面倒臭いので、笑みを浮かべたまま、口を開くことはなかった。

 不意にザワザワと騒ぐ人々の中から、ジュネの興味を引く声が聞こえた。

「それにしても凄いなぁ。嬢ちゃん達は賞金稼ぎかい?」

 一番始めに声をかけてきた商人の男だった。

「これで金持ちの仲間入りだねぇ。なんたってあの魔物にゃ、かなりの額が賭けられてたし」

 うんうん、と周りの人々は頷いた。ジュネはガシッ、と男の肩を掴んだ。

「幾らの額が賭けられてたの!?」

 急にジュネに肩を掴まれた男は驚いていたが、賞金がかかっていた事を知らなかったという事にかなりの驚きを見せた。

「なんだ、知らないのかい? 確か、金貨200枚位は賭けられてたんじゃなかったか?」
「何ですってぇ……」

 男の肩を掴む手に力が入る。

「賞金首のリスト、何処で見れるの!? 役場!?」

 ジュネの気迫に男はコクコクと頷いた。

「パッセ、行くわよ!」

 商人の男をそこらに捨て、ジュネは猛ダッシュで城下町へと駆け出した。
 慌てて追っていく青い髪の青年を見届け、その場に残された人々は呟いた。

「怖かったなぁ……」
「うん…」
「でもあの迫力があるから、凶暴な魔物を倒す事が出来たんだろうな」
「魔物もきっと怖かったんだろう」
「可哀相」



 猛ダッシュで城下町にやって来たジュネと、少し遅れたパッセは、城壁の入口でやっている検問に捕まっていた。
 鬼気迫るジュネの迫力に、二人の警備兵は思わず持っていた槍を向けてしまった。
 ジュネは何かを言われる前に、素早く鞄から身分証明書を取り出し、兵に突きつける。受け取った兵士はジュネに睨まれ、慌てて中身を確認し、目を見開いて身分証明書とジュネを交互に見た。

「何?」

 兵士のその態度に、ジュネは血のような赤い目を細めた。隣に立っていた兵が横から身分証明書を覗き込んで、同じように目を見開いてジュネと紙を見た。

「だから、何よ。今急いでるんだから早くしてよ!」

 二人の兵の態度にイライラしながらジュネは叫ぶ。彼女の声に我に返った兵は、丁重に身分証明の紙をジュネに返し、道を開けた。

「問題ありません。どうぞお通り下さい」

 不思議そうに二人の兵を見ていたジュネだったが、急いでいた事を思い出し、城壁を潜り抜けた。
 金髪の女性の姿を見届け、兵士達は彼女の持つ身分証明書に書かれていた事を思い出していた。

 何処にでもあるような羊皮紙に書かれていた、彼女の身分を証明する文。文章は旅人や冒険者達が持っている身分証明書と大して変わりがなかった。
 旅人や冒険者は、時々自ら作成した偽の身分証明書を提出してくる事がある。その為、出身国や、何らかの仕事をしている国の王から、身分証明書が本物であるという証の印を貰わなくてはいけない。
 金髪の女性の身分証明書に印が無かった訳ではない。きちんと文章の下に本物だという証の印があった。

 兵士達が驚いていたのは、その印だった。滅多に使われる事が無いため、殆ど見ることがないその印の紋章。見ることがないからとは言え、知らない者は一人もいない位に有名な、竜とその周りに五つの星の紋章だった。

「あのー……」

 控えめに声がかけられ、兵士二人は我に返った。目の前には青い髪の青年が立っていた。

「これ、身分証明書です」

 青年が差し出してきた紙を受け取り、二人の兵は本物かどうかを確かめる。
 国の印がある本物の身分証明書。問題ないと兵士は青年に紙を返そうとしたが、名前を見て驚いた。
 もう一度名前を見て、兵士は平然を装い、青年に紙を返す。先程の女性のように睨まれるのはゴメンなので、さっさと道を開けた。
 青い髪の青年が「お疲れ様です」と頭を下げて通り過ぎた後、二人の兵士はひそひそと今起きた事を話し始めた。

「今日はツイてるのかなぁ……」
「まだ夢を見ているようだ」

 ぼんやりとする兵二人を、後からやってきた旅人や冒険者達は、白い目で見ていた。




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