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賞金稼ぎ大乱闘【後編】


 パッセが追いつくのを待ってから、ジュネは適当な所で宿を取り、剣と財布以外の荷物は部屋に置いて、役場に直行した。
 その時にジュネは呪いの姿に戻ってしまい、役場のカウンターに背が届かなかった為、パッセが役人に尋ねた。

「あの、賞金首のリストを見せてもらってもいいですか?」

 役人の、黒髪の女性は棚まで行き、パッセを振り返った。

「えっと、金貨十枚程度の賞金首がいいですか?」

 パッセは足元にいるジュネを見た。少女は腕を組んで「金貨100枚以上よ!」と答えた。
 ジュネの声が聞こえていたのか、黒髪の女性は棚から薄いファイルを取り出し、パッセに手渡した。

 客が待つ間に座るソファーに腰を下ろし、ジュネとパッセはファイルを開いた。
 ファイルに閉じられている賞金首の内の幾つかは、赤いペンで済と書かれていたが、やはり金額が金貨100枚以上という大金なだけあり、強敵なのだろう。ファイルの殆どは済マークが無かった。

 パラパラとページをめくっていき、半分に来たところで平原で倒した魔物を見つけた。
 役人が書いたのか、それとも目撃した人が書いたのか、紙の上半分は良く特徴をつかんでいる魔物の絵が描かれてあった。
 絵の下には大きな文字で賭けられている金額が書いてあった。

「金貨250枚……てマジ?」

 ジュネは紙に書かれてある文章に目をやる。文章には魔物の攻撃の仕方や、いつ頃姿を現すのかが書かれてあり、その最後に賞金の交換条件が書かれてあった。
 この条件は生け捕り以外の賞金首に必ず書かれてあり、魔物等を倒した証拠品として体の一部を持ってこなければ、賞金をやる事ができない、といったものだ。
 魔物なら大抵頭が証拠品となる。そしてジュネたちが平原で倒した黒豹のような魔物も、証拠品は頭だった。

 横から覗き込んでいたパッセが何気なく呟く。

「ジュネさん、確か魔物を爆破しましたよね……」
「だって賞金がかかってるとは知らなかったから……」

 金貨250枚……と二人は項垂れた。


「落ち込んでても仕方ないわ! どの賞金首をやっつけるか、決めるわよ!」

 元気を取り戻したジュネに言われ、パッセは金貨100枚以上の賞金がかかっている賞金首のリストを返しに行き、金貨十枚程度の賞金首のリストを借りた。

 ソファーの上にファイルを広げ、パラパラとページをめくる。だが、とっくに誰かが解決しており、済のマークがついた物ばかりで、残っている賞金首は、人間か山岳地帯にいる小さな魔物だった。
 人間に手を出すわけにはいかず、山岳地帯まで戻るのも面倒臭いので、次の、金貨50枚程度の賞金首リストを借りた。
 この金貨50枚程度が賭けられている賞金首のリストも、十枚と同じで、残るは人間か、遠い地にいる魔物だった。

「これ以上って言ったら、金貨100枚以上の賞金がかかっている賞金首なんでしょ…?」

 顔を僅かに青くして、パッセが言った。
 役人が出してくれた冷たいお茶を飲みながら、ジュネが答える。

「仕方ないわよ。それしか無いんだし」
「だって金貨100枚以上って、平原で戦った魔物位に強いんでしょ?」
「そんな事言っても仕方ないでしょ! 売り飛ばされたくなければ諦めなさい!」

 ジュネとパッセの会話が聞こえていた役人達は、二人に気付かれないように小さく笑い出した。
 いい年した男が小さな少女に怒られる姿は、あまりにも滑稽過ぎた。

 賞金額が金貨100枚以上の賞金首のファイルを借りたジュネとパッセは、ソファーの上にファイルを広げ、ゆっくりとページをめくっていった。
 済のマークは先ほど見たとおりに殆どついていない。
 二人は、自分達にでも倒せるのか、あーでもないこーでもないと話し合いながら賞金首のリストを見ていった。

 ふと、ページをめくっていたジュネの手が止まった。先程黒豹のような魔物を探していた時には見ていないので、気付かなかったのだろう。その賞金首の絵を見て、ジュネは不敵に笑った。
 気持ち悪いジュネの笑い声に、パッセも賞金首を見た。
 リストに書かれてあった賞金首は人間だった。賭けられている金額は金貨480枚。

「よ、480枚!?」

 パッセは青い目をこれでもかという位に見開き、リストに穴が開くほど見つめた。
 賞金首の名前は怪盗ヴァーダント。

「あれ? どこかで聞いた事が……」

 容姿は銀髪に金目の青年で、左目にモノクル(片眼鏡)をかけている。

「これもどこかで……」

 ナウル国で義賊のような事をしているらしい。

「……ジュネさん、これ、噂の怪盗なんじゃ……」

 リストから顔を上げてジュネを見ると、彼女は何やら考えているようだった。顔はにやけ、考えている事を口にしている。

「まず、ヴァーダントを呼び出して適当に捕まえて役場に突き出せば金貨480枚はあたしの物。ヴァーダントは転移の魔法が使えるみたいだから死にはしないわよね」

 どうやらあっちの世界に飛んでいっているらしい。パッセは小さく溜息を吐いて、リストに目を戻した。
 ジュネはどうも気楽に考えているみたいだが、この怪盗をそう簡単に捕まえる事が出来る訳がない。

 パッセはページをめくった。次のページには竜が書かれていた。賞金額は金貨800枚。こんな竜を倒せる筈がないとページをめくる。
 パラパラとページをめくるが、パッセ一人で決める事はできないので、もう一度ジュネを見たが、まだ彼女はあっちの世界の住人だった。

 ジュネが漸く我に返ったのは、それから十数分後、昼の鐘が鳴った時だった。



 昼食を終え、ジュネとパッセは再び役場に行き、賞金額金貨100枚以上かけられている賞金首のリストを見た。
 今度はジュネもあっちの世界へと旅立つ事もなく、パッセと二人で色々と話し合いながら、どの賞金首をやっつけるかを決めた。

「あの、ジュネさん」

 リストを睨みつけている茶髪の少女に、パッセは遠慮気味に声をかけた。しかし聞こえていないのか、ジュネは何やらブツブツと呟いている。
 仕方なくパッセはもう一度声をかけた。

「ジュネさん」
「何よ」

 漸く返事が返ってきたが、ジュネはリストから顔を上げない。パッセはめげずに話しかけた。

「賞金のかかっている魔物じゃなくて、何かしらの依頼を受けた方が良くないですか?」

 パッセの言葉に、ジュネはまだ魔物を怖がっているのね、と顔を上げた。

「依頼を受けるのも別にいいけど、この間みたいにどっかのバカに邪魔されたら話にならないわ」

 それだけ言って、ジュネは再びリストに目を戻した。
 どっかのバカって誰だろう、と思いつつ、パッセもリストを眺めた。

 リストを一通り見終えた後、ジュネとパッセ、二人でも充分倒せる魔物をいくつか決定した。

 まず、首都から南西に行った所にある洞窟を棲み処としている、金貨100枚の小さな蝙蝠(こうもり)無数匹。誰も確認できていないが、無数の蝙蝠を従えるヴァンパイアがいるかも知れないと書かれてあった。

 次に南の山岳地帯にいる、大きな一対の翼を持つ人型の魔物。山岳地帯に戻るのは面倒だが、賞金額が金貨220枚だという事なので、ジュネは取り敢えず幾つかの決定賞金首に入れておいた。

 そして、ナウル国の北の港バーリに時々現れる、巨大なアメーバーのような魔物。賞金額は金貨150枚。
 以上の三つの中からジュネが最終決定を下したのは、港に現れるアメーバーのような魔物だった。

「この魔物に決定した理由は?」

 リストを返しに行きながら尋ねる青年に、ジュネは「もうちょっと自分で考えてみなさいよ」と言い放った。

「ラトヴィア神聖国へ渡るには、北の港から船に乗らなきゃいけないのよ。別の魔物を倒して港に向かって、海から魔物が現れたら二回も魔物を倒さないといけないの。それなら始めから海の魔物を倒す為に準備をしていればいいでしょ?」

 二人は役場から出て、宿へと戻った。本日はナウル国の首都で休み、翌朝、北の港バーリへと向かうことにした。

「既に他の冒険者達に倒されていたら、怪盗ヴァーダントをとっ捕まえて役場に突き出して金貨480枚を貰うから」

 片足だけあっちの世界へと突っ込みながら、部屋の中に消えていく茶髪の少女を見届け、パッセは深く溜息を吐いた。



 翌日、ジュネとパッセは乗り合い馬車で北の港、バーリへとやってきた。
 乗り合い馬車の乗客、御者に話を聞いてみると、未だにアメーバーのような魔物は倒されていないとの事だった。
 金貨150枚、と足取り軽やかに白い石畳の通りを駆け、船着場に向かうジュネ。二人分の荷物を抱え、パッセは人ごみを掻き分けながらジュネを追った。

 ふ、と視線を感じてパッセは足を止めるが、ジュネとはぐれるといけないので、慌てて彼女を追った。

 白い石造りの建物が並ぶ港町。船着場の側には、潮風から町を守る木が立ち並んでいた。
 船着場にいた漁師や水夫に、魔物が何時頃現れるか等を聞いて回る。

「最近は全く出ないから、てっきり倒されたと思ってたんだが……」
「魔物が出た翌日は必ず雨が降るらしい」
「魔物より海賊の方が厄介だよ」

 町の人々にも聞いて回ったが、どれも似たような話ばかりで、有力な情報は得られなかった。

「参ったわね……。長期戦になるのなら、他の賞金首に変更しなきゃ」

 取り敢えず宿に向かおうとしていたジュネだったが、後ろを付いて来ているパッセがキョロキョロと辺りを見回しているのに気付き、足を止めた。

「どうしたの?」

 ジュネが尋ねるとパッセはキョロキョロしながら答えた。

「さっきから視線を感じるんです。誰かに見られているような……」

 彼の声にジュネも同じように辺りを見回した。

 声を張り上げて客寄せをしている魚屋の店主。野菜や果物の入った籠を運ぶ男性。首都にある学校の制服を着た女学生。数人の子供達。旅人や冒険者の姿や、ナウル国の制服を身にまとう騎士や兵士の姿もあった。中にはラトヴィア神聖国の神官のローブをまとった人物もいたが、誰も彼も自分達の事で精一杯なのか、ジュネとパッセを見ている人はいなかった。

 まだ辺りを見回しているパッセを見て、ジュネは建物の屋根の上へと目をやる。
 ぐるりと360度、屋根の上を見回していると、視界に白い色が入り込んだ。

 建物の間の細い路地。影になっており、姿ははっきりと見えないが、間違いなく二人をじっと見ていた。
 建物に使われている石の白さとはまるで違う、白いローブをまとった人物。目深に被っているフードによって顔は見えない。
 パッセも気付き、そちらに目をやると、白いローブの人物は顔を逸らして路地の奥へと消えていった。

「何アレ。知り合い?」

 白いローブを着た人物がいた路地を見つめたまま、ジュネが尋ねるが、パッセは首を横に振った。

「全然知りません」
「あんた、何かしたんじゃないの?」
「何かって何ですか…?」

 尋ね返され、ジュネは腕を組んで考えた。

 この青年は何か――例えば金を取られたとかなら分かるが、何かをしたというのは想像つかない。

(どうでもいっか。パッセの事だし)

 今の事を完全に頭から押し出し、ジュネは宿屋へと歩き始めた。その時、近くで複数の悲鳴が上がった。
 一瞬にして港町に混乱が起きる。人々は海とは反対の方へと転がるように逃げていった。

「ま、魔物だッ!」
「てっきり倒されたんだと思ってたのにぃ…!」

 悲鳴を上げて逃げていく人々の波に流されそうになっていたパッセの手から、青い石のついた指輪を抜き取り、自分の指に嵌めてジュネは呪文を唱えた。

「よっしゃ! 金貨150枚!!」

 魔女にかけられていた呪いを、パッセの魔力を使って一時的に解く。今まで茶髪の少女だったジュネは、金髪に赤い双眸の美女の姿に戻った。
 先程見つけた冒険者達に倒されてたまるかっ! とパッセを助ける事も忘れて、ジュネは人波を逆らって駆け出した。

 潮風から町を守る為に立っている木々の間から、魔物の姿が見える。ナウル国の首都の役場で見た、賞金首リストに書かれてあった魔物と同じだった。
 緑色のゼリーが大きくなったかのような魔物。
 体の中心には赤い球が浮かんでおり、体中のあちこちから触手のようなものが数本伸びていた。

 ジュネより先に船着場の側の砂浜に来ていた冒険者二人が、魔物に攻撃を繰り出す。大剣を持つ黒髪の男が魔物に斬りかかった。
 魔物の、緑色のゼリー状の触手を斬り落とすが、触手はすぐに本体へと戻り、溶け込んでしまった。
 黒髪の剣士目掛けて魔物の体の一部が矢のように襲い掛かる。男は素早い動きで攻撃を避けた。
 続いて羽根飾りのついた杖を持つ、赤い髪の女性が火魔法を放った。
 轟音を上げて炎が燃え上がるが、炎がおさまった後の魔物は、全くダメージを受けていなかった。

 呪文を次々と繰り出す赤髪の女性。剣で魔物を斬り付ける黒髪の男。そして全くダメージを受けていない緑色のゼリーのような魔物。その三つを、ジュネは木の陰から眺めていた。

 剣士と魔法使いが魔物を弱らせた所に自分が出ていって、止めを刺す。
 賞金との交換条件は、魔物の体の中心に浮かんでいる、核である赤い球。それさえ手に入れれば金貨150枚はあたしの物! と、パッセが聞いていればすぐさま二人に加勢するような事をジュネは考えていた。

 ジュネが魔物の現れた砂浜にやってきて十数分後。
 何時まで経っても黒髪の剣士と赤髪の魔法使いは魔物を倒せずにいた。
 ジュネはイライラと木の幹に爪を立てて、肩で息をしている二人を睨み付けた。

(あーもー! 何やってんのよ! 斬り付けたり燃やしたりしても意味無いのは分かってるでしょッ! そーじゃなくて凍らせて砕くのよッ!!)

 ジュネが心の中で叫ぶと、心の声が届いたのか、緑色のゼリーの魔物が急に凍りついた。

(なんだ、分かってんじゃん)

 さて、止めを刺すか、とジュネが木の陰から出てきた瞬間、風魔法が凍った魔物を砕いた。賞金の交換条件である赤い球をも風魔法は砕き、青い空へと昇っていった。

「あーーッ!! なんて事するのよ!!」

 ジュネの叫び声に黒髪の剣士と赤髪の魔法使いが驚いて振り返る。粉々に砕けた魔物は黒い煙となって消えていった。
 ズカズカと肩を怒らせ、ジュネは赤髪の女性へと詰め寄った。

「あたしの金貨150枚が!!」

 女性は杖を握り締め、冷や汗を流しながら後退った。

「あの……何の事ですか……?」
「あんたが魔物の核を粉々に砕いたでしょ! 金貨150枚、払いなさいーーッ!!」

 女性と黒髪の男は、叫ぶジュネを見て物取りだと思った。何とかしてこの場から逃げなければ、金目の物は全て奪われ、自分達も人買いに売り飛ばされるだろう。
 男が連れを庇いつつ、何かを言おうと口を開く前に、ジュネの背後に白いローブを着た人物が現れ、持っていた黒い杖でジュネの頭を容赦なく叩いた。

「痛ッ!? 何すんのよ!」

 頭を抑え、ジュネは振り返る。そして目の前にいた人物を見て驚いた。

「あんた、さっきパッセを見てた……」

 ジュネが小さく呟くと、白いローブの人物も小さく呟いた。

「変わったわね……」

 声からすると女性なのだろうか。黒い杖をジュネに向けて、白いローブの人物はこう言った。

「先程の魔物は私が倒したのよ。そういう訳だから、金貨150枚が欲しいのなら、この私を倒してみなさい」

 フードから唯一覗く口元が笑みを象った。

「後悔するんじゃないわよ」

 ジュネは腰の剣を抜き、構えた。
 白ローブの人物は、未だ砂浜にいる黒髪の剣士と赤髪の魔法使いに杖を向けて口を開いた。

「そこのお二人。協力しなさい。どちらでもお好きな方につくように」

 二人は一瞬躊躇った後、素直に白ローブの人物の左右に移動した。やはり先程脅したのがいけなかったのだろう。しかしジュネは余裕の表情を浮かべていた。

「ま、その位ハンデがないとね」
「それでは……始め!」

 白ローブの人物の声を合図に、黒髪の男が大剣を構えて駆け出した。大剣でジュネに斬りかかるが、ジュネは剣を片手に持ったまま、楽に避けていた。
 そのジュネに赤い髪の女性が風魔法を放つと、ジュネは同じ魔法で相殺した。

 白いローブを着た人物は杖を持ったまま、じっと三人を見ていた。
 暫く剣を避け、魔法は相殺して様子を見ていたジュネだったが、剣を構えて攻撃を仕掛けた。
 二人同時に攻撃されると、ジュネ一人では手に負えない。一人ずつ倒していくしかない。そう考え、ジュネは厄介な剣士から倒す事にした。

 大剣と魔剣がぶつかり、澄んだ音を立てる。そのまま力比べになるが、どう見てもジュネの方が不利だ。しかしジュネはあっさり剣を引いた。押し返される力を失い、男が僅かにバランスを崩す。隙だらけになった足目掛けて、ジュネは足払いをかけた。
 ジュネの方へと倒れる男を避け、首の後ろに手刀を食らわせると、ジュネは赤髪の魔法使いへと向き直った。
 ドサ……、と黒髪の剣士が砂浜に倒れる。

 赤い髪の女性は一瞬怯んだが、何とか呪文を唱えた。

「全てを燃やし尽くす紅蓮の炎よ!」

 遠慮しているのか、それが本気なのか、へろへろの炎がジュネに向かって駆けてきた。ジュネは魔剣エスプリで炎を薙ぎ払って消し、駆け出した。
 慌てて女性が呪文を唱えようとするが、ジュネの魔法の方が早く、剣士同様、彼女も砂浜に倒れた。

「眠りの呪文……成る程」

 今までじっと黙って様子を眺めていた白いローブの人物が杖を構えた。

「私がお相手しましょう」

 呪文を唱えようとするが、ジュネの行動の方が早かった。

「まずはその鬱陶しいフードを取ってからよ!」

 ジュネの放った風魔法が、目深に被っていた白いフードを吹き飛ばす。
 風になびく真っ直ぐな金茶色の髪。髪の間から覗く琥珀の瞳。年齢不詳の若い容姿に、ジュネは目を見開き、剣を砂浜に落とした。

「………………師匠…?」

 ザザー…― ザー……―

 今まで殆ど耳に入らなかった波の音が、やけに大きく感じた。

「久しぶりね、ジュネ。随分と変わったわね、貴女」

 金茶の長い髪を掻き揚げながら、ジュネが師匠と呼んだ女性が口を開いた。

「お蔭様で……じゃなくて、どうしてここに?」

 剣を拾い、鞘に戻してジュネは尋ねた。白いローブの女性は町の方へと目をやり、ジュネの問いに答えた。

「ヴィリディアス様の命令で、貴女達を迎えにきたのよ」
「竜帝様の命令!?」

 先程以上に目を見開き、ジュネが尋ねる。とそこに、ようやく人ごみから脱出した青い髪の青年、パッセがやってきた。

「ジュネさん…! 魔物はどうなりましたか…?」

 息を切らせながら尋ねるパッセだったが、その場にいた白いローブの人物を見て驚いた。

「貴女はさっき僕達を見てた……」
「初めまして。シアンの息子のパッセ君」
「はあ……」

 パッセは曖昧に返事をして、ジュネに助けを求めた。ジュネは複雑な表情を浮かべて口を開いた。

「あたしとシアン様の師匠のシェール様よ。ラトヴィア神聖国王直属の部下の一人よ」
「え!? 母のお師匠様……」

 一体何歳なのだろうとパッセは思ったが、尋ねると痛い目に遭いそうだったので、質問する事を止めた。
 シェールは黒い杖を肩に担ぎ、船着場の方へ顔を向けた。

「そろそろラトヴィア行きの船が出るわよ。パッセ君、貴方も来なさい」

 有無を言わせぬシェールの声に、パッセはただ頷くしかなかった。
 そのパッセを引き連れて歩いていくシェールを、ジュネは慌てて止めた。

「ちょっ……師匠! 金貨150枚は!?」
「何言ってるのよ。貴女が倒した訳でもないのに、どうして私が払わないといけないのよ」

 足を止める事無く、きっぱりと言うシェール。ジュネは右手の拳を握り締め、項垂れつつ師匠とパッセの後を追った。
 ラトヴィア神聖国行きの帆船に乗り込み、看板から船内へ向かう途中、シェールが足を止めて二人を振り返った。

「そうそう、船代は後で払ってもらいます」

 その言葉にジュネが目を見開く。

「なっ…! お金無いのに!!」

 ジュネが叫んだのと同時に出港の銅鑼が鳴り響き、シェールは何も聞こえていないといった素振りで手を振りつつ、船内へと消えていった。


 +END+
 2003/09/13 up




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