BACK * TOP * NEXT



 マハタック国から戻ったタナは、その足でマリアード王女の部屋へ向かった。部屋には王女と二人の侍女。侍女はタナを見て頭を下げて部屋から出て行った。
 王女はソファーに腰をかけたまま、少し離れた所に立っている青年に声をかけた。

「お帰りなさい、タナ」
「只今戻りました。長期間不在にしていて申し訳ありません」

 そう答えてタナは頭を下げた。王女は微笑んで首を横に振った。

「構いませんわ。マハタック国では大活躍だったみたいですね」
「いえ、僕は大した事は……」

 タナは小さく苦笑した。

 魔族との戦いは、あの幼い王女が何かしら力を貸してくれたから勝てたようなものだった。結局はネアが何をしたのかは聞きそびれたが。
 もっと修行をして、自分の中で無意識に制御されている力を使えるようになっておきたい。
 後で師であるアリーネの元を訪ねようと考えたタナは、ふとあることを思い出した。

「マリアード様」

 王女を真っ直ぐ見つめ、頭を下げる。

「この度はエルス王子殿下とのご婚約、おめでとう御座います」

 マハタック国へ行っていた為、言えなかった心からの祝福。
 王女の動きが一瞬固まったが、青年は気付かない。
 王女は小さく笑みを浮かべて口を開いた。

「ありがとう…。長旅でお疲れでしょうから、今日はもう休まれてください……」
「はい、失礼します」

 顔を上げたタナは、一礼して静かに部屋を出て行った。

 パタリ、と扉が閉められた直後、膝の上に置いてある手の甲にポタ、と一雫、涙が零れた。
 王女は長い睫毛を伏せ、小さく俯いた。

 ずっと分かっていた事だった。自分の中にあるこの淡い想いは届くことは無い、と。
 王位を継承する人物を婿にとらなければならないカナムーン国第二王女の相手は、あの黒髪の青年では駄目なのだ。
 せめて彼も自分と同じ想いを抱いてくれているのでは、と何度も期待したが、今の言葉でその期待も粉砕された。
 彼は自分をカナムーン国第二王女としてしか見ていない。彼が護衛についているのも国王命令だからだろう。

 長い金の睫毛が震えたが、涙が再び零れ落ちる事はなかった。




 翌日、タナは暇を見つけてアリーネの部屋へ向かった。彼女は彼が来るのを予想していたのか、快くタナを部屋に招き入れた。
 侍女が二人分のお茶を淹れて部屋を出て行く。それを見送ってから、タナはマハタック国での魔族との戦いのことを話した。
 ネア王女によって一時的に解放された力を再び使う事は出来ないのか。
 アリーネは一通り話を聞いた後、少し考えてから口を開いた。

「そうね…。恐らく貴方の魔力は、大精霊が何かしら関与しているのかも知れないわね」
「大精霊…ですか」

 タナは僅かに目を見開いた。アリーネは小さく頷く。

「時間をあげるから、シャロル国へ行ってみるといいわ。あの国にはアイオン研究所がある……何か手がかりになると思うわよ」

 シャロル国はこの北大陸から海を北へ渡った先にある大国だ。しかし大賢者アイオンはドーラ国出身だったはず。何故シャロル国に研究所があるのかは疑問だった。
 取り敢えず行ってみよう、とタナは頷いた。

「わかりました。……あの、僕の魔力に大精霊が関係しているという事は、僕の両親が大精霊に仕える者だったりするんですか…?」

 聞き難そうにタナは尋ねた。
 彼は自分が大賢者の生まれ変わりという事は自覚していたが、両親の事は何一つ知らなかった。
 聞くチャンスがなかったというのもあったが、自分の両親は既に魔族に殺されているのかも知れない、という考えもあって、敢えて聞かなかった。
 魔族の勢力が活発なこの時代。親のいない孤児は多い。自分もそんな一人だと思っていた。
 アリーネはカップに手を伸ばして一度目を閉じる。お茶をひと口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。

「貴方のご両親は、全くそういう力は持っていないわ」
「え…」
「アイオン――ジルクリスト家とも関わりを持たない。ただ、彼らの側に偶然私たちがいただけ……」

 その所為で巻き込んでしまった。
 意味が分からない、とタナは眉を寄せて師の顔を見つめた。
 アリーネはカップをソーサーに戻して青年を見つめ返し、言葉を続けた。

 全ては今から二十三年前の事だった。




11:ここからはじまる


 カナムーン国から西へ海を渡った大陸にある大国ドーラ国。
 この国は長い間、魔族の王に支配されていた。しかし力の持たない者や魔族に逆らわない者は殺される事はなく、見逃されていた。それでも多くの魔族が常に監視しており、国から逃げ出す事は不可能だった。

 首都から遠く離れた海に面した集落に、アリーネと彼女の兄、マハザンは魔族の目から隠れるように暮らしていた。
 両親も親戚も全て魔族に殺された。彼らが大賢者の子孫であるがために。
 集落には魔族と戦う意志を持った人々が集っており、その時が来るのをじっと力を蓄えて待っていた。
 その時――大賢者と同じ魔力を持ち、魔族と戦える人物が現れるのを。

 そして遂にその時はやってきた。だが、

「隣の村だ…!」

 集落からそう遠くない場所の小さな村。良く足りない物を求めて集落の人々が訪れていた所だ。だがこの村の人々は魔族に逆らわず、細々と日々を暮らしている。

 まずいと思い、アリーネとマハザンたちは大急ぎでその村へ向かった。
 一同の嫌な予感は見事に的中してしまった。

 一軒の家の前に人々が集まっていた。彼らから上がる声は全て怒声と非難の声。そして何かを殴る鈍い音。

「よくもやってくれたな!」
「魔族に見つかる前に殺してやるッ!」
「や、やめてくれ…! 子供には手を出さないでくれ…っ!」

 懇願の悲鳴の直後にまた鈍い音が響く。ドサリと誰かが倒れた。
 アリーネとマハザンは人垣を掻き分け、何が起きているのかを見た。
 小さな一軒家の扉の前で、口や額から血を流して地面に倒れている男がいた。彼の後ろには産まれて一年も経っていない赤子を抱いた女性が、地面に膝をついて男に縋り寄っていた。

 二人はアリーネとマハザンに親しくしてくれていた夫婦だった。

 女が抱いている赤子の顔がちらりと見えた。
 布の間から覗く黒い髪。その赤子の両親である二人は鳶(とび)色の髪。間違いなくあの子供が大賢者の生まれ変わりなのだろう。
 村の人々もそれに気付いたのだろう。
 そしてその大賢者の生まれ変わりの存在が魔族に知られてしまえば、この村諸共自分たちは消されると。だから魔族に見つかる前にその赤子を消してしまおうとしたのだった。

「やめないか!」

 棒を持った男が地面に倒れている男を殴ろうとした瞬間、マハザンがその前に飛び出して棒を受け止めた。
 黒髪に黒の双眸を持つ彼を見た人々は、一気に敵意を彼に向ける。

「そもそもお前たちが、この村の近くに集落を作るのが悪いんだろ!?」

 棒を受け止められた男はマハザンの腹を蹴り飛ばした。マハザンが地面に倒れる。
 皆気付いているのだ。彼ら大賢者の子孫が近くにいた所為で、女神がこの地に産まれた子供に大賢者の力と容姿を与えた事を。

 人ごみの中にいたアリーネも見つかり、髪を引っ張られて頬を殴られた。
 ドンッ、とアリーネがマハザンの側に突き飛ばされる。それでも二人は必死に体を起こし、赤子に手を出させないようにした。
 ようやく現れた希望の光なのだ。こんなところでその小さな光を消させる訳にはいかない。


「さっさと片付けてやる!」

 棒ではなく、刃物を持った村人が現れ、大きく振りかぶった。
 ――やられる、と思った刹那、刃物を持った村人はその胸から白銀の刃を生やしていた。

 鮮血が噴水のように噴き出す。
 舞う黒い羽根。

「ま…魔族だ…!」
「ヒィィ…! お、お助けを…ッ!!」
「おおおれたちは、あんたらの敵を倒そうと…!」

 悲鳴を上げながら人々が逃げ惑う。しかし黒髪の魔族の女は全く聞く耳を持たず、冷たい緑の双眸を細めただけで、殺戮の手を止める事はしなかった。



「ナジット……無事か…?」

 痛む腹を押さえながら、地面に倒れている男にマハザンは近付いた。回復魔法を唱えると、ナジットと呼ばれた男はゆっくりと顔を上げた。

「マハザン……すまない……」
「いや…我らの所為だな……」

 マハザンはちらりと横目で側で蹲っている女に目を向けた。女にはアリーネがついていた。そして彼女の腕の中にはしっかりと赤子が抱かれている。子供はきょとんと女の顔を見上げていた。
 同じように我が子を見ていたナジットは、不意にマハザンに向き直った。

「……頼みがある」

 青い目に真っ直ぐ見つめられ、マハザンは頷いた。

「何でも言ってくれ」
「あの子を、この国から逃がして欲しい。あの子、タナは人々の希望なんだろ…? こんな所で魔族にやられる訳には……」
「それなら二人も一緒に……」

 目を僅かに見開いてマハザンは言ったが、ナジットは首を横に振った。

「この国から脱出するのは難しいだろ…? 俺たちは足手まといにしかならない……」

 何の力を持たないナジットと妻ミモザ。足手まといの自分たちがついて行けば、確実に足を引っ張る。それでは駄目なのだ。

「頼むマハザン…! ミモザも既に承知している!」

 彼の声にミモザは二人を見て力強く頷いた。
 村に火の手が上がる。轟音と悲鳴はまだ響いていた。魔族が自分たちのところへ来るのも時間の問題だろう。

「……わかった。必ず」

 マハザンはしっかりと頷いた。

「お願いね、アリーネ」

 ミモザは赤子をアリーネに託した。そして目を細めて微笑み、赤子のふっくらとした頬をチョン、とつついた。

「良い子にしてるのよ、タナ……」

 赤子は母親に微笑まれ、嬉しそうに笑みを浮かべた。
 近くで爆発が起きる。炎の中に人影が浮かんだ。魔族がこちらに向かっているのだろう。

「行ってくれ、二人とも!」

 ナジットに急かされ、マハザンとアリーネは頷いて駆け出した。
 炎の中の人影はそれに気付き、二人の後を追い始めた。



 集落に戻った二人はすぐに仲間を集め、この国から脱出する準備に取り掛かった。
 長い間その時を待っていた人々の動きはスムーズで、あっという間に準備は整った。
 側の海岸から小船に乗り、大陸の周りにいくつもある小島に向かう。そこに隠してある船に乗り換えて別の大陸へ逃げるのだ。

 目的地は世界第一位の魔法大国メサム国。
 かの国の女王陛下なら快く受け入れてくれるだろう。そして大賢者としての力を付けるのにもってこいの国だ。

 小船から帆船に乗り換える時、アリーネはマハザンから一冊の本を受け取った。

「兄様…?」
「この本には様々な研究結果を書いてある。役立てて欲しい」
「何を……」

 共にメサム国に向かうはずなのに、この兄は何を言っているのだろうか。
 彼女の訝しげな視線に気付き、マハザンは答えた。

「お前が無事にこの国から出られるように援護する。――船を出してくれ!」

 彼の声に帆船がゆっくりと動き出す。マハザンはそこから飛び降り、小船に再び乗った。

「兄様!」

 アリーネが手すりから体を乗り出して叫ぶが、兄は背を向けて一度片手を上げただけだった。
 仲間の一人が彼女の腕を取る。

「アリーネ、外は危険だ! 船の中へ!」

 強く腕を引かれ、アリーネは軽く頭を振って迷いを追い払って頷いた。
 必ずあの子供をメサム国へ連れて行かなければ。


 二隻の船が小島の入り江から出た直後、上空から大量の魔物が襲い掛かった。マハザンの乗る小船が囮となり、道を切り開いていく。
 魔物の攻撃で海からいくつも水柱が上がり、小船が激しく揺れる。マハザンは何とか足を踏ん張って呪文を唱え続けた。
 その時、彼の背後に黄色の光の塊が現れた。中から白い服を着た金髪の女性が姿を現す。

「手伝いますわ」

 女はにっこりと微笑んだ。その直後、彼女のすぐ隣に黒と紫の光の塊が現れ、そこから無表情の黒髪の男が顔を出した。

「いきますよ、ドゥーク。手を抜くんじゃありませんよ」
「……わかってる」

 女に言われ、男は不機嫌そうに返事をした。マハザンは状況が分からず呆然と二人を見ていた。
 二人は上空の魔物に目をやり、片手を上げた。直後、虚空に巨大な魔法陣が現れ、強烈な白い光を放った。
 光を食らい、魔物たちが次々と掻き消えていく。
 光が収まると、上空にいた魔物は数える程しかいなかった。

「貴女方は、もしや大精霊…?」

 女が呼んだ黒髪の男の名前、ドゥークは闇の大精霊の名前だ。という事は男は闇の大精霊で、女の方は光の大精霊という事になる。
 そういえばドーラ国には光と闇の大精霊がいるという話がある。
 しかし女は返事をせず、ひとつウインクをして姿を消した。男の方はいつの間にか消えていた。

 マハザンはしばらく魔力の残り香を見つめていたが、気を取り直して残っている魔物に向かって再び呪文を唱え始めた。
 大精霊が力を貸してくれた理由はわからないが、二人のお蔭で何とかこの海域を抜けられそうだった。



 海の上の船まで魔族は手を出せないのか航海は順調で、ドーラ国を出て十日程で四大陸の一部、北大陸が見え始めた。
 雨が降って視界は悪いが、あと少しで到着する。メサム国までもうまもなくだ。

 誰もがそう思ったその時、上空から不意打ちの攻撃を食らった。北大陸で魔族が待ち伏せしていたのだ。
 船が大きく揺れる。攻撃の直撃は免れているが、このままでは船が転覆しかねない。舵手は必死に舵をとり、見えた砂浜へ船を向けた。
 船が浅瀬に乗り上げた直後、アリーネは赤子を抱いて呪文を唱えながら船から飛び降りた。足元から風が起こり、ふわりと着地する。そしてすぐに地面を蹴って仲間と共に近くの森へ駆け込んだ。

 上空からの攻撃は減ったが、狼の魔物が、木々を跳んで渡る猿の魔物が次々に襲いかかる。
 アリーネは魔法で、仲間たちはそれぞれ武器を構えて魔物を倒していった。
 埒があかない、と仲間が囮をかって出る。アリーネはひたすら走り続けた。

 雨が酷くなる。上空では雷も鳴っている。
 気が付けば追ってくる魔物はいなくなっていた。更に仲間の姿もない。
 アリーネは子供をしっかり抱え直し、濡れないようにマントで守り、雨を凌げそうな木に近付いた。

 体力も魔力も使い果たしてクタクタだった。せめて村のような所までいければいいのだが、一度足を止めてしまうと、それ以上動かせなくなっていた。
 木の幹に寄りかかり、残り僅かな魔力で結界を張る。腕の中の赤子が火がついたように泣き出すが、アリーネはそれを止める事も出来ずに気を失った。




「……声がする」

 森を歩いていた少年は不意に足を止めた。前方を歩いていた男はそれに気付き振り返った。隣を歩いていた青年も少年を見下ろした。

「どうした? 馬鹿息子」

 男が声をかけるが、少年は空を見上げて目を閉じており、答えない。かと思えば急に目を開けて走り出した。

「お、おい、ライローグ!」

 男は慌てて少年に声をかける。少年は走りながら叫んだ。

「近くで子供が泣いてる!」
「空耳だろ!?」

 男と青年は慌てて少年を追いかけた。こんな豪雨な中で子供が泣いているとは思えない。だが、

「こっちだ! 親父、殿下!」

 ライローグに呼ばれて足を向けると、確かに泣き声が聞こえた。一本の木に寄りかかってぐったりとしている黒髪の女性。彼女の腕の中には泣き声の持ち主の赤子がいた。

「おいおい、この姉ちゃんは噂の大賢者の…?」

 怪我などは見えないので、単に気を失っているだけだろう。男の隣で女性の顔を覗き込んでいた青年は、二人に声をかけた。

「カフジア、連れて帰ろう」
「了解! おい、ライローグ!」

 男に呼ばれた少年は頷いてそっと女の腕から赤子を抱き上げた。その途端、ピタリと泣き声が止む。そして赤子は泣き疲れたのか、すやすやと眠り始めた。

「絶対落とすなよ!」

 少年にしっかり言い含め、男は黒髪の女性を背負って森を駆け出した。



 アリーネが目を覚ました場所は、木造の見知らぬ部屋の中だった。
 何処だろうと辺りを見回しながら重い体を起こすと、近くから穏やかな声が聞こえた。

「お目覚めになりましたか。気分はいかがですか?」

 声の方に顔を向けると、高級そうな緑の上着を着た金髪の青年が立っていた。

「……お蔭様で」

 貴族だろうか。アリーネは小さく頭を下げた。

「助けて頂き有難う御座います。…あの、私が連れていた子は…?」

 黒髪の赤子の姿が近くに見当たらない。アリーネは急に不安になり、寝台から降りようとした。青年が慌てて彼女を止める。

「まだ寝ていた方が…。貴女が連れていたお子さんなら、今ここの女性たちが見ていますよ」

 無事だと聞き、アリーネはほっと胸を撫で下ろした。

「よかった…。あの、ここは何処ですか?」

 メサム国内に入っているのだろうか。考えながらアリーネが尋ねると、青年は青い目を細めて微笑んだ。

「ここはカナムーン国の西にある盗賊団……おっと自己紹介がまだでしたね」

 そう言って青年は姿勢を正した。

「私はラルスと申します」

 恭しく頭を下げられ、アリーネは慌てて背筋を伸ばした。

「アリーネと申します……アリーネ=ジルクリストです」
「ああ、やはり貴女は大賢者の子孫の方ですか。という事はあの子供は」

 ラルスは特に驚いた様子はなかった。アリーネは言い難そうに頷いた。

「はい…大賢者アイオンの生まれ変わりです」

 微かに俯いてアリーネは答えた。直後、部屋の扉がノックされた。

「殿下、城と連絡が取れましたよ。落ち着いたら城へ連れてくるようにとの事です」

 一人の男が部屋に入ってきながら声をかける。青年は頷いた。

「ああ、わかった。ありがとう、カフジア」

 いえいえ、とカフジアと呼ばれた男は笑った。そのやり取りにアリーネは僅かに目を見開いた。

「……殿下…?」

 貴族だと思っていたが、この青年は一体何者なのだろう。
 首を傾げながら呟いたアリーネに気付き、カフジアが「おや?」と声を上げた。

「ご存知ない? というか殿下、またフルネームで自己紹介してないでしょ?」

 カフジアに咎められ、ラルスは笑った。

「一応お忍び中だからな」
「まったく…。こちらはカナムーン国第一王子のラルス殿下ですよ」

 苦笑いを浮かべてカフジアが紹介した。アリーネは呆然と青年を見つめたままだった。


 それからしばらくして、アリーネは赤子と共にラルスに連れられ、カナムーン城へ向かった。そして国王と謁見し、事情を全て話した。
 国王は城に赤子を匿う事を許可し、そしてアリーネに王宮魔道士として働く事も勧めてくれた。
 本来の目的地であるメサム国ではないが、断るのも申し訳なく、アリーネは赤子と共にカナムーン国で暮らすことになった。

 兄マハザンとの連絡は今も取れていない。ただ無事でいて欲しいと祈るしかなかった。





 タナは城の廊下を歩きながら、アリーネの話を振り返っていた。
 結局は自分の魔力に関してはよく分からなかった。

 近い内にシャロル国へ行こうと考えていると、後方から慌しい足音が聞こえ、タナは足を止めて振り返った。
 廊下の奥からやってきたのは、盗賊団には戻らず、城に滞在していたレイニーとカレンだった。二人ともかなり急いでいる様子だ。

「どうかしたんですか?」

 声をかけるとレイニーが足を止めた。カレンは「先に行くぞ!」と走っていった。

「その…盗賊団に魔族が現れたらしくって…!」

 気が焦っているレイニーが何とか言葉を紡いだ。タナは真っ直ぐ彼女を見て口を開いた。

「僕も行きます」
「えっ!?」

 レイニーは驚いて青い目を見開いた。少し戸惑っていたが、彼女はすぐに頷いた。

「お願い!」

 タナは頷き返し、レイニーと共に走り出した。





BACK * TOP * NEXT