BACK * TOP * NEXT



「タナッ! ようやく見つけた!」

 城下町にある魔道士協会の建物の前を通り過ぎた直後、声をかけられてタナとレイニーは思わず足を止めた。

 二人の前方には緑の髪を背中まで伸ばした若い男。首に巻かれてあるマフラーには魔道士協会の紋様のバッジをつけているので、彼はどうやら魔法使いらしい。
 何処かで見たことがあるな、とレイニーが首を傾げると、男は青い目を細めてタナを指差した。

「ここで会ったが百年目……。私と勝負しろッ!」
「今急いでいるので、お断りします」

 丁寧にペコリと頭を下げてタナは言った。男は一瞬呆けたが、すぐに気を取り直した。

「この私との勝負より優先するものとは何だッ!」

 何故ここまで偉そうなのかは分からないが、タナは親切にその問いに答えた。

「盗賊団に魔族が現れたそうです。なので僕たちは失礼しますね」

 タナはそれだけ言ってレイニーと共に駆け出す。男は慌てて追いかけてきた。

「魔族相手なら、この私の力を貸してやろう! 感謝したまえッ!」

 などと叫びながら二人の後を追った。タナとレイニーはそれに構っている余裕もなく、放置する事にした。




12:必然の偶然


 盗賊団薔薇組にある大きな屋敷の食堂に、一組の男女がいた。
 男はこの盗賊団のリーダーライローグ。彼は顎に手を当てて空色の目を細めていた。
 ライローグの正面の席には背中まで伸びる金の髪を持つ女。革の鎧を身につけており、腰には片手剣を下げている。
 少し離れた席には四人組の男女がおり、二人をチラチラと見ていた。

「ライローグの新しい女…?」
「キャナリーにバレたら怖いわね……」

 などと、本人たちは小声で話しているつもりだろうが、丸聞こえの会話が耳に届いていたライローグは、構わず口を開いた。

「知ってるといっても噂程度だぞ」
「構わないわ」

 女は紫の瞳で真っ直ぐライローグを見た。彼は顎を数回撫でて少し考え込んだ。

「確か数十年前に“星の欠片、月の雫”がカナムーン国に存在していたって噂だな。だが誰もその形状とかは知らないとかなんとかだったなぁ……」

 唸りながらライローグはマグカップに入っているココアを飲んだ。

「そう……」

 女は目の前に置かれてあるカップを見つめ、内心溜息を吐いた。
 やはり有力な情報は中々出てこないようだ。

「ありがとう。それで謝礼だけど――」

 顔を上げて彼女が口を開いた直後、バタンッ! と食堂の扉が激しく開け放たれた。

「た…大変だ…!」

 一人の青年が足をもつらせながら食堂に駆け込んでくる。ただ事ではない様子に、食堂にいた面々は驚いてそちらを見た。

「どうした?」

 椅子から立ち上がり、ライローグが尋ねる。青年は肩で息をしながら何とか言葉を紡いだ。

「蘭組に魔族が現れた…ッ!」

 ライローグは眉を顰めて青年に歩み寄る。

「被害は?」
「ダイとダンが魔族に連れて行かれた!」

 この言葉に食堂にいた全員は目を見開いて絶句した。
 ダイとダンは赤毛の兄弟で、歳は十と十二。明るく活発でよく悪戯をするが、何故か憎めない子供たちだ。

「魔族は今、百合組に向かっているらしい…!」

 そこまで聞いてライローグは頷いた。そしてすぐに指示を出す。

「お前たち、すぐに百合組に向かってくれ。ナキール、お前は城に行ってカレンとレイニーを呼んできてくれ!」

 命を受けて食堂を駆け出していこうとしていた赤毛の青年に声をかける。青年は目を丸くして振り返った。

「何であいつら、城にいるんだ? ま、まさか…牢屋に!?」

 さっと顔を青くするナキールに、ライローグは苦笑いを浮かべた。

「単に滞在してるだけだ。頼んだぞ」

 バシッ、と肩を叩かれ、赤毛の青年はよろめきながら食堂を出て行った。
 全員を見送り、ライローグは黙って話を聞いていた金髪の女性を振り返った。

「噂話の謝礼だが、手伝ってもらうって事でどうだ?」

 ニヤリと笑みを浮かべて言う。女は一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

「もちろん、喜んで」




 タナたち三人は北大陸の東にある、盗賊団百合組に到着した。
 海岸沿いに立ち並ぶ家々には多くの人が集まっている。蘭組から逃げてきた人々だけでなく、薔薇組、椿組からも応援が来ているのだろう。

 大きな屋敷に入ってすぐの玄関ホールには多くの人が忙しく走り回っており、その中にカレンとライローグの姿があった。
 様々な指示を飛ばしていたライローグは、タナとレイニーに気付き声をかける。

「レイニー、こっちだ。お、タナも一緒か」
「お手伝いします」

 頭を下げながらタナが挨拶をすると、ライローグは快く頷いた。

「助かる。……ってそっちの緑頭は何だ?」

 盗賊団に着いてからずっと物珍しそうにキョロキョロとしている緑髪の男を不審に思い、ライローグが尋ねると、タナは困ったように眉を寄せた。

「それが、よく分からないままついて来られて……」
「あ! 思い出した!」

 不意にレイニーが声を上げてタナの言葉を遮った。そして男を指差す。

「ルーンアルス国の魔道士協会の前でウロウロしてた怪しい奴ね!」
「怪しい奴とは失礼な!」

 レイニーに負けじと声を上げ、男は胸を張った。

「私にはモクスという偉大な名前がある! そしてお困りのようだから、この私の力を貸してあげよう!」
「押し売りかよ……」

 カレンが半眼で睨み、ポツリと言った。しかしモクスには聞こえていないのか、偉そうにふんぞり返っていた。

「まあ、一人でも戦力は多い方がいいしな。頼むぞ」

 苦笑しながらライローグが言うと、モクスは青い目を輝かせた。

「任せたまえ!」

 はっはっは、と腰に手を当てて笑い始めた。ライローグは取り敢えず彼を放っておいて、タナとレイニーに状況を話し始めた。

「魔族は徒歩で蘭組からここに向かってるらしい。途中にワナルード山脈があるから、到着するのは夜になるな」
 今は日は幾分西へ傾いているので、あと三、四時間といったところだろう。

「魔族が徒歩って珍しいですね」

 タナが不思議そうに尋ねる。
 力の弱い魔物なら分かるが、魔族は本来の姿と人間の姿の二つの姿を持つと言われている。そして人の姿の時は大概が背に一対の翼を持っている。それを使って移動すればもっと短時間で移動ができる。
 その翼がなくても、魔族には空間移動の術も使えたはずだ。

 タナの問いに、ライローグは渋い顔をした。

「ダイとダン…盗賊団のガキだが、二人がその魔族に攫われたらしいんだ。恐らく一緒に行動してるんだろうな」

 だから空を飛んだり、空間移動はしないのだろうとライローグは答えた。タナは納得して頷いた。


「お、そうだ。タナ、お前に会って欲しい人がいるんだが……」

 不意にライローグが声を上げ、玄関ホールの奥にいる数人のグループに手を振った。

「アイミ、ちょっと来てくれ」

 声をかけられ、一人の女性がやってくる。見慣れない顔だ、とカレンがボソリと呟いた。

「何だ…? ライローグの新しい女か…?」
「お前ら……どいつもこいつも言う事が同じだな……」

 彼女が盗賊団に来た時に他の連中も言っていた事を言うカレンに、ライローグは苦笑して金の頭を掻いた。

「彼女はアイミ。女神七大秘宝を探している旅人だ」
「初めまして、アイミ=ルークよ」

 ライローグに紹介され、女性アイミは微笑んで頭を下げた。

「で、こっちはカナムーン国王宮魔道士のタナだ。ま、見ての通りだな」

 タナもアイミに軽く頭を下げた。アイミの紫の目が微かに見開く。

「貴方が大賢者の……。お会いできて光栄だわ」

 嬉しそうに彼女は笑みを浮かべた。タナは不思議そうな表情でアイミを見ていた。

「女神七大秘宝…?」

 微かに首を傾げてライローグとアイミに尋ねる。アイミは「そう」と頷いて説明した。

「私はミズカ国王の命で、世界各地に散っている女神七大秘宝を探しているの。何か知っている事があれば教えて欲しいんだけど……」

 ミズカ国はこの北大陸から遥か西、ドーラ国よりも更に西にある大陸にある国だ。七人の女神への信仰国として有名だ。
 タナはアイミの質問に少し考えた。だが知っているのは秘宝の名前と、その秘宝が存在していた時に管理していた国の名前くらいで、彼女が求めているような情報は全く分からない。

「すみません、一般的な情報しか……」

 そう言って頭を下げた。アイミが慌てて手を振る。

「気にしないで。私もそう簡単に見つかるとは思っていないし」

 アイミが微笑んで言うと、タナは顔を上げて頷いた。

「僕の方でも調べてみます。何か分かり次第、ミズカ国の方に連絡を入れますね」
「ありがとう、助かるわ」



 それからタナはモクスと共に、盗賊団内を一通り歩いて回り、何処に結界を張るかなどを話した。
 やることの無いレイニーとカレン、そして大賢者の生まれ変わりのタナに興味を持ったアイミも、彼らの後を付いて回った。

 緑頭の不審な男モクスは、偉そうな態度も納得できる程、かなりの知識を持った魔法使いだった。
 彼のマフラーについている魔道士協会のバッジは、良く見ると最高位魔法使いの証である金で作られていた。
 最高位の魔法使いは国に仕える事が許されている。すなわち、カナムーン国王宮魔道士のタナと同じという事だ。

「そういう風には見えないよね……」

 緑の後ろ頭を少し離れた所で見つめながら、レイニーがポツリと呟いた。彼女の隣でカレンも頷いている。

「人は見かけによらない、といういい見本だな」

 アイミは苦笑していたが、同じように思っていた為、敢えて何も言わなかった。
 ふ、と白い砂浜に目がいく。

「あら、あの塊は何かしら」

 ほんのりと橙色に染まる綺麗な砂浜には似つかわしくない黒い塊。
 アイミの声にレイニーとカレンもそちらを見た瞬間、塊がもぞもぞと動いた。

「魔物…?」

 三人はそれぞれ武器に手をかける。異変に気付いたタナとモクスが駆け寄ってきた。

「どうかしました?」

 タナに尋ねられ、レイニーは無言で塊を指差した。直後、塊は高く跳び上がり、大きく膨れる。地面に落下と同時にその形を変えた。
 人型の魔物。全身は夕日に照らされ、ぬめりと紫に光っている鱗に覆われていた。顔は魚の頭をしている。水かきのついた手には刃先が三叉の槍。魚人の魔物だった。

 魔物は大きく息を吸い込み、口から大きな泡をいくつも吐き出した。一同はそれぞれ跳躍してその場から離れる。
 泡が落下した砂浜が、じゅぅ、と焦げた音と臭いを発した。
 続けざまに魔物はプププ、と己の周りにいくつもの小さな泡を浮かばせ、持っている槍を構えた。
 ギョロリと飛び出ている丸い目で五人を見渡し、槍で泡を打ち飛ばす。泡は目にも留まらぬ速さで五人に襲い掛かった。

 タナとモクスは咄嗟に結界を張ってそれを防いだ。だが、泡が結界に触れた直後、大爆発を起こした。
 衝撃にタナは膝をつき、モクスは地面を転がった。モクスはすぐに立ち上がり、次々と起こる爆発音に負けない位の大声を張り上げた。

「結界は私に任せてくれ! タナは攻撃を頼む!」

 タナは頷いて結界を解いた。五人を取り囲む光の結界が一瞬薄くなるが、すぐに輝きを取り戻した。
 立ち上がったタナは、無数の泡と煙と水蒸気の向こうにいる魚人に目を向けた。

 結界越しに魔法を放つ、という難易度の高い事をやらせようとしてくれたモクスに内心苦笑を漏らし、呪文を唱える。
 結界は敵の攻撃を防いでくれる便利な物だが、こちらからの攻撃も通り抜ける事は出来ないようになっている。魔力も当然、外に出る事はまずない。
 マハタック国での魔族との戦いでやったのは、結界を変化させるといったものだった。
 流石にあの時のような事はできないが、別の方法ならタナひとりでもこなすことは出来るだろう。

 タナは右腕を上げて結界に手を伸ばした。結界が波打ち始める。魔力を結界に流して融合させ、外に出す。
 ポン、と外に弾け出した魔力は魔物の足元に瞬時で集まり、その力を解放した。
 バリバリバリッ! と大きな音を立てて電撃が魔物に襲い掛かる。

「ギャァアアッ!!」

 電撃が直撃した魔物は悲鳴を上げて黒焦げになった。プスプスと黒い煙を上げながらフラフラと歩き、魔物は海の中に倒れた。波が魔族を飲み込み、そのまま何処かに消えていった。



 遂に魔族が到着したのだと、五人は慌てて盗賊団へ戻った。
 林を抜ける途中、木々の間を縫って巨大な天道虫や蜘蛛、カマキリなどの無数の虫が盗賊団へ向かって飛んでいくのが見えた。その後ろから見知らぬ三人組が現れた。

 一人は長い金の髪を高い位置で二つ結びにしている少女。髪は白いレースのリボンで飾られており、毛先はくるくると巻いてある。
 着ている服は淡い桃色のドレスで、スカートの丈は極端に短く、ふわりと裾が広がっている。ドレスの上からは白いレースがふんだんに使われたエプロンを身につけていた。
 手には短い杖が握られており、先端からリボンが伸びている。そのリボンの先には赤毛の少年二人が捕らわれていた。

「ダイ! ダン!」

 先頭を走っていたカレンが叫んだ。その声に二人の少年は目を見開いて叫び返した。

「うわぁぁんッ! カレン兄!!」
「助けてッ!」

 魔族に攫われていたと聞いていた兄弟は、操られているという事もなく無事のようだった。しかし、

「……お前ら、何て服を着てんだ…?」

 カレンが半眼で二人を見つめ、呆れた声を上げた。
 二人の少年は白いフリルが沢山ついたブラウスに、縦縞模様のカボチャパンツ、そして白のタイツを履いていた。更に金色のマントを羽織り、頭には王冠が乗っているという、童話に出てくる王子様の格好をしていた。
 ダイとダンは顔を赤くして泣き叫ぶ。

「この魔族の姉ちゃんが無理やり着せたんだよッ!!」
「恥ずかしいよぉ……」

 そこでようやく二人を連れていた少女が笑みを浮かべて口を開いた。

「可愛いでしょ? 美少年はみーんなあたしの物よ!」

 少女の言葉に全員は黙り込んだ。一同の顔はそれぞれ変な魔族だ、といった表情ばかりだった。

「あたしのコレクションの邪魔をしないで頂戴!」
「趣味に口出しするつもりはないけど……」

 溜息混じりの呆れた声を出しながら、アイミが腰の剣を抜く。カレンの隣に立ち、そして剣を構えた。

「見過ごす訳にはいかないわ」

 アイミの紫の瞳に睨まれた少女は、それに怯む事なく笑みを深くした。

「あたしとやるって言うの? お・ば・さ・ん」

 可愛く首を傾げて言う少女に、アイミの片眉がピクリと動いた。そして少女を見据えたまま彼女は声を上げた。

「みんなは先に行って!」
「えっ!?」

 四人は彼女を止めようとしたが、鋭い目付きで振り返られ、思わず言葉を失くす。

「私よりも遥かに長生きしてそうな魔族に、おばさん呼ばわりされるとは思わなかったわ……」

 ふふふ…とアイミは笑い出す。しかしその目は全く笑っていなかった。
 少女は少年二人を空間に呼び出した鳥籠に入れ、杖を構えた。アイミが剣をしっかり握って駆け出した。

「急いで盗賊団に戻らないと…!」

 レイニーが三人に声をかけると、一行は頷いて再び林を走り出した。



 杖の先端についている長いリボンがまるで刃物のようにアイミに迫る。アイミはそれを剣で払って振りかぶった。
 刃が振り下ろされるのと同時に、少女は背に黒い膜の翼を広げ、ふわりとアイミの頭上を飛び越えた。アイミの背後に着地した少女はリボンを引き寄せ、クルクルと回し始めた。

 アイミの目の前でリボンが渦を巻く。それを見てしまったアイミはフラリと目眩を覚え、片手で頭を押さえた。
 少女の笑い声がすぐ耳元で聞こえ始める。
 このままでは精神を破壊されかねない、とアイミは頭を押さえていた手を自分の腰の後ろへ回した。
 ベルトにつけてある短剣を、震える手で何とか引き抜く。ふらつく足に力を入れて、短剣を頭上に掲げた。

「――精霊の剣よ!」

 アイミの声に反応してクリスタルの刀身が眩い光を放つ。

「キャアッ!!」

 少女は眩しさに杖を持っていた手を思わず止めた。アイミを襲っていた目眩が消える。アイミはすぐに地面を蹴って少女に迫った。
 光の中、気配のみでそれに気付いた少女は杖を振り上げるが、リボンがぐっと何かに引っ張られて動きを封じられた。
 光が収まった直後にリボンの先を見ると、長いリボンがいつの間にか側の木の枝に絡まっていた。

 慌てて力任せに引っ張ろうとするが、アイミの持つクリスタルの刀身が煌く方が早かった。
 ドスッ、と鈍い音を立て、短剣が魔族の胸に深く突き刺さった。剣が刺さった場所から光が溢れる。

「いやぁぁ…! あたしの美少年がぁ…ッ!」

 断末魔の悲鳴を上げながら、魔族の少女が灰と化す。木々がざわめき、その灰を風で遠くへ飛ばしていった。
 少年二人を捕らえていた鳥籠が消える。赤毛の兄弟はベソをかきながらアイミに駆け寄った。

「お姉ちゃんありがとーッ!」
「うわぁぁんッ!」

 泣きながら抱きつく少年たちの頭を、アイミは優しく撫でながら微笑んだ。





BACK * TOP * NEXT