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14:目を閉じた心底へ


 シャロル国の紋様入りの馬車に乗って、アイオン研究所へ向かっている一行は、長い脚を組んで座っている金髪の男、フレイを見つめていた。
 一同は揃って、若い、という感想を抱いていた。
 敏腕の王宮騎士団長。もっと年のいった人物だと誰もが思っていた。
 五人の視線を受けてもフレイには全く動じた様子はなく、表情の読めない薄い笑みを浮かべたままだった。

「そういえば、アイオン研究所までどのくらいかかるの?」

 ふとダリが尋ねると、フレイは笑みを浮かべたまま答えた。

「三時間程ですね。座り続けるのにお疲れでしたら何時でも仰って下さい。馬車を止めて休憩にしますので」

 にっこりと言われ、五人は曖昧に頷いた。
 端に座るカレンが窓枠に肘をつき、何気なく口を開く。

「王宮騎士団長っていうのはヒマなのか?」

 いくらタナがアイオン研究所に行こうとしているとはいえ、シャロル国の王宮騎士団長が自らやってくるのは、余りに優遇され過ぎている。

 不思議そうにカレンが尋ねると、フレイは笑みを深くした。

「いえ、アイオン研究所の管理人が私なので」
「そうなんですか。お忙しい中、わざわざすみません」

 タナが申し訳なさそうに頭を下げた。レイニーとダリに同時に睨まれたカレンは、居心地悪そうに座り直した。

「気になさらないで下さい。それにタナ殿に一度お会いしてみたかったですしね」

 青い目に真っ直ぐ見つめられ、タナは「はぁ…」と気の抜けた返事をした。
 話を黙って聞いていたアイミがフレイをじっと見る。

「それにしても、貴方のような多忙な方がアイオン研究所の管理人って……色々大変だったりするんじゃ?」

 盗賊や盗難に遭った場合、管理人のフレイがすぐに駆けつけられないのでは、と懸念してアイミが尋ねる。しかしその問いにも彼の笑みが崩れる事は無かった。

「それなら大丈夫ですよ」
「どういう事?」

 訝しげに再度尋ねたが、フレイは「すぐにわかりますよ」としか答えなかった。



 一度休憩を取り、一行を乗せた馬車は森の中の遺跡の前で立ち止まった。
 常緑樹に囲まれた遺跡は白い石で造られており、所々に蔦が絡まったりヒビが入っていたりしていた。
 馬車を降り、先頭を歩いていたフレイが入口の手前で振り返った。

「ここが大賢者アイオンの研究所です」
「ここが…」

 てっきり街の中にその研究所があるものだと思っていた五人は、言葉を失くして遺跡を見上げた。
 ふとタナがある事に気付き、フレイに目を向ける。

「大きな魔力がありますね。大精霊のものですか?」
「流石ですね」

 フレイは一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

「ここは本来は大精霊サンダーが存在する遺跡です。アイオンはそこを自分の研究所にしたようですよ」

 成る程、とアイミは頷いた。大精霊サンダーが常にいるのであれば、盗賊などの心配もしなくて済むのだろう。そして大賢者がドーラ国ではなく、シャロル国に研究所を作ったのも同じ理由からだろう。

「では、お好きなだけお調べ下さい」

 そう言ってフレイは頭を下げ、道を開けた。ダリが喜んで遺跡の中へ駆けていく。カレン、レイニー、アイミもそれに続いた。

「わざわざ案内、有難うございました」

 タナはフレイに礼を言って、遺跡の中へ足を踏み入れた。




 遺跡に入ってすぐ、広い空間が広がっていた。周りの壁には等間隔で明かりが並んでいるので、部屋の中はかなり明るい。奥には五つの木の扉が並んでいる。
 先に遺跡に入った四人は、足を止めて扉の上を見ていた。

「どうかしました?」

 遅れて遺跡にやってきたタナが尋ねると、茶髪の少年が振り返って扉の上を指差した。

「変なプレートがあるんだよ」
「?」

 首を傾げながらタナは足を進め、ダリの隣に立って扉の上を見た。
 五枚ある扉の内、中央の扉の上に鉄板で作られたプレートが飾ってあった。そのプレートにはこう書かれてあった。

『己の心に自信がある者のみ、この扉を潜らん』


「簡単には研究所に辿り着けないようになってるな」

 金の頭を掻きながらカレンが呟いた。
 大精霊のいる遺跡を研究所にしたり、奥に進む為に試練らしきものを作ったりなど、アイオンの性格が何となく分かりそうだった。

「僕は行くよ。折角来たんだしね」

 明るくそう言って、ダリは近くの扉のノブに手を伸ばした。カレンも少年の隣に立った。

「戻ったところであのふざけた奴と一緒に待つ事になりそうだしな」

 シャロル国王宮騎士団長の顔を思い出してカレンは顔を顰めた。
 決して崩れない薄い笑み。嘘は言わないが真実も全て語らないあの性格。あれだけ若くして騎士団長になれたのも何となく分かる気がした。
 タナも頷いて近くの扉の前に立った。

「危険も無いでしょうし、行きましょう」

 彼の言葉にレイニーとアイミもそれぞれ扉の前に立ち、ノブに手をかけた。

「んじゃ、抜けた先で会おうぜ」

 カレンの言葉と共に、五人は同時に扉を潜った。






 水気を含んだ柔らかな風が頬を撫でていく。

 良く晴れた青い空が見える暖かな廊下に、アイミは立っていた。
 廊下から見える中庭には、水の流れる噴水がある。その中央に同じ石で造られた天使の像が立っていた。
 ぼんやりと噴水を眺めていたアイミは、ふと何故自分がここにいるのかを思い出した。

(そうだった…。女神七大秘宝を届けに、陛下の所へ向かう途中だったんだ……)

 噴水から目を離し、アイミは足を踏み出して廊下を歩き始めた。






 何処から光が溢れているのか、一面が光り輝くクリスタルの壁で出来た通路にダリはいた。
 初めは一本道だったが、少し進むと十字路に出たので、鞄からメモ帳とペンを取り出して地図を書きながら進む。
 何度も分かれ道とぶつかり、メモ帳に書かれている地図がどんどん複雑になっていく。
 ふ、とダリは足を止めてメモ帳をじっと見つめた。

「あれ…?」

 ペンを指で回しながら細い眉を寄せる。
 地図を睨みつけて何度も確認するが、今少年が立っている場所は既に通った場所だった。しかし辺りを見回しても地図に書いてある分かれ道は存在していない。
 道が緩やかに上っていたり下っていたりしていた感じもない。

 ダリは深く溜息をついてメモ帳を閉じた。

 よくよく考えればここはアイオン研究所で、大精霊もいる遺跡なのだ。何かしら魔法の力が作用されているに違いない。そうなるとマッピングの意味も無い。
 再びダリは溜息をついてその場に座り込み、鞄の中から保存食のビスケットを取り出して頬張り始めた。






 レイニーは森の中に立っていた。つい一瞬前まで遺跡の中に居たはずだが、辺りを見回しても遺跡らしいものは見えなかった。
 首を傾げながら取り敢えず足を進める。何処と無く見た事のある森のような気がしつつ、レイニーは歩き続けた。

「あ…」

 木々の間に様々な種類の罠が見え隠れしている。それはレイニーにとって馴染みの深い、盗賊団の物だった。
 ここは盗賊団薔薇組の近くの森なのだろう。そう考えながら更に足を進めると、小さな泣き声が耳に届いた。声からして幼い少女のようだ。
 そちらに足を向けた直後、レイニーの背後から一人の少年が現れ、声の方へ駆けていった。

「うそっ…」

 少年の後姿を見て、レイニーは言葉を失くした。
 目の前を走っていくのは、短い黒髪をなびかせている少年だった。

 レイニーの中に幼い頃の光景が不意に思い出される。
 五歳になった頃だろうか。盗賊団の近くの森を歩いていたら、大人用の落とし穴に見事にはまってしまった事があった。
 落ちた時に所々を擦り剥き、自力で穴を登る事も出来ずにずっと泣いていた。
 その時に一人の少年が現れ、ロープを垂らして助けてくれたのだった。
 少年の顔は覚えていない。そもそも幼い頃に落とし穴に落ちた事自体忘れていた。

 レイニーが思い出していると、その記憶通りに黒髪の少年は木々の間に取り付けられている罠からロープを外し、落とし穴へ運んで行くところだった。
 レイニーもそっと少年の後を追った。
 少年がロープを穴の近くの木に縛り、穴へ落とす。しばらく待つと、穴から小さな金色の頭が出てきた。
 土に塗れてボサボサの金髪。大きな青い目には未だ涙を浮かべている少女。間違いなく幼い頃のレイニーだった。
 黒髪の少年は少女の擦り剥いている頬や手を魔法で癒す。温かい光に少女は涙を消してふわりと微笑んだ。

『ありがと! あたしレイニーって言うの。お兄ちゃんは?』

 青い目をキラキラ輝かせながら少女が尋ねると、少年は照れたように微笑んだ。
『僕は――』


「……タナ」

 レイニーが呟くと、彼女の周りの景色が変化した。少年の少女の姿は消え、森もなくなる。
 数秒後、レイニーは遺跡の中に佇んでいた。
 まさか幼い頃に出会っていたなんて。そしてその頃からタナに守られてばかりの自分に、レイニーは小さく苦笑を漏らした。






 タナは僅かに目を見開いて、目の前に佇む一組の男女を見つめていた。
 女性は金の髪を背中まで真っ直ぐ伸ばしており、淡いクリーム色のローブを着ていた。翡翠の瞳は微笑んで、隣に立つ男を見つめていた。
 男の方は黒い上着に黒のズボン、ショートブーツ。そして黒のマントという黒ずくめの青年だった。手には長い杖を持っており、先端は金の装飾が施されている。
 短い黒髪に漆黒の双眸。

 女性の口の動きが目に入り、タナは言葉を失くして、ただ青年を見ていた。

 伝説の大賢者アイオン。

 青年は杖を肩にかけ、女性を見て笑みを浮かべた。

「おっと、そこまでー!」

 不意に声が響き渡り、二人の姿が掻き消える。替わりに金色の後ろ毛を逆立てた青年が姿を現した。
 上下紫の服を着ており、首には黄色のスカーフ。長いスカーフの先はパチパチと帯電している。
 彼がこの遺跡に存在する大精霊なのだろう。

「変に意識がリンクしたみたいだね。あんまり前世の事は知らない方がいいよ」

 そう言って青年はパチン、と指を鳴らした。瞬時に周りの景色が変化し、辺りに白い壁が広がる。一瞬でアイオン研究所内の景色に戻っていた。
 タナは何度か瞬きをし、目の前の青年を見た。

「今のは、大賢者ですか…?」

 タナの問いに、金髪の青年は素直にうん、と頷いた。

「知らない方がいいとは…?」

 更に質問を投げかけると、青年は気まずそうに頬を掻いた。

「君の場合は複雑だからねぇ…。今はまだ知るべき時じゃないよ……っとフレイ!」

 急に青年は声を上げてタナの背後に目をやった。タナもつられてそちらに目を向けると、近くの通路から白い上着のシャロル国王宮騎士団長が姿を現した。彼の背後にはカレンの姿もあった。
 フレイはタナと青年の姿を見ると、気さくに片手を上げて挨拶をした。先程よりもかなり性格が砕けて見える。

「フレイ、もっと普通に案内しろよ。大事なお客なんだし」

 青年がフレイの元へ歩み寄りながら言うと、彼は両手を上げて肩を竦めた。

「一応規則だろ? それよりサンダー、二人を頼むよ。俺は他の三人の所に行ってくるから」

 一方的に言って返事も聞かず、フレイはスタスタと来た道を戻っていった。

「もーっ!」

 サンダーと呼ばれた青年は深く溜息をついて憤った。そして勢い良くタナとカレンの方に顔を向けた。

「大精霊をアゴで使う王宮騎士団長ってどうなんだよ!」

 大声で同意を求められも、タナとカレンは苦笑いを浮かべるしかなかった。




 大精霊サンダーに案内されて、タナとカレンが辿り着いたのは遺跡の地下室だった。
 石造りの広い空間。地下室なのに天井は高く作られていた。その天井に魔法の明かりがあり、部屋全体を淡く照らしている。床には見たことの無い巨大な魔法陣が描かれていた。
 タナはまるで魔法陣に引き寄せられるかのように足を進めた。

「これは…?」

 魔法陣の側で足を止め、隣にやってきたサンダーに顔を向けずに尋ねた。サンダーはズボンのポケットに両手を入れて魔法陣を見つめた。

「アイオンが残した魔法陣だよ。タナなら起動出来ると思うよ」

 そう答えてサンダーはちらりと黒髪の青年を横目で見た。
 タナはそっと目を閉じ、魔法陣から溢れている魔力に意識を集中させた。
 タナの全身が白い光に包まれる。離れた所で様子を見ていたカレンは、魔法陣とタナから発せられる魔力の風に目を細めた。

 部屋中に溢れる光と煙が魔法陣を中心に渦を巻いていき、魔法陣から光の柱が上がった。
 直後、バサリと大きな羽音が地下室に響いた。

 光に照らされ、白い羽根がいくつも舞う。光と煙の中に人影が浮かび上がった。
 タナは目を開けて人影を見た。少しずつ光と煙が収まり、その姿がはっきりとしてくる。
 魔法陣の中央に紺色のワンピースドレスを着た若い女性が立っていた。長い栗色の髪は毛先が外側へ大きくカールしている。
 長い睫毛がゆっくりと上がり、紺色の瞳がタナを真っ直ぐ見つめた。
 タナと目が合うと、女性はふわりと微笑んで口を開いた。

「お久しぶりです、アイオン」


「あー、悪いんだけどローグエンゼル」

 タナの隣に立つサンダーが言い難そうに女性に声をかけた。ローグエンゼルと呼ばれた彼女は、サンダーを見て首を傾げた。

「何ですの?」
「彼、アイオンじゃなくて、生まれ変わりのタナだから」

 ローグエンゼルが紺色の目を丸くして再びタナを見た。スタスタと魔法陣から歩き出て、青年の正面からじっと顔を覗き込む。

「あ、あの…」

 何だか思い切り睨まれているような気がして、タナが遠慮気味に声をかけた。するとローグエンゼルははっ、として再び笑みを浮かべた。

「あら、ごめんなさい」

 タナから少し離れ、彼女はスカートの裾を軽く摘まんでお辞儀をした。

「初めまして。わたくしは時を司る精霊、ローグエンゼル。宜しくお願いしますわね」
「タナ=トッシュです」

 タナが頭を下げると、ローグエンゼルは笑みを深くした。
 何を話そうか悩んだタナは、あることを思い出して彼女に尋ねた。

「あの、聞きたい事があるんですけど……」
「何でも聞いてくださいな」

 ローグエンゼルに微笑んで言われ、タナは一度頷いた。
「僕の魔力の事なんですけど。大精霊が関わっていて本来の力が出せないとアリーネ様に聞いたんですけど……」
「ああ、その事」

 隣にいたサンダーが声を上げてタナの問いに答えた。

「僕たち大精霊が意図的に封印させてもらってる。君が魔族に見つからないようにね」

 サンダーの言葉にローグエンゼルも頷いた。

「封印を解くのであれば、まずは四大精霊にお会いして下さい。ただし」

 そこで言葉を止めたローグエンゼルの表情から笑みが消えた。

「封印を解けば魔族に狙われやすくなりますわ。貴方と魔族との戦いは避けられなくなります」
「……」

 タナは黙って話を聞いていた。

 封印を解くという事は、今まで以上の魔族が現れるようになるのだろう。そして魔族の王ともいずれは戦わなければいけなくなる。
 しかしタナはこのまま、何もしないまま暮らして行くつもりはなかった。

「わかりました、有難う御座います。四大精霊に会いに行ってみようと思います」

 黒い目で真っ直ぐローグエンゼルとサンダーを見てタナは言った。
 その姿にローグエンゼルは僅かに眉を下げた。

「そうですか…。わかりましたわ。わたくしの力が必要な時はいつでも仰って下さいな」
「はい」

 少し悲しそうにローグエンゼルは微笑んだが、タナは気にせずしっかりと頷いた。

「それではわたくしはこの辺で失礼しますわ。またお会いしましょう」

 スカートの裾を摘まんでお辞儀し、ローグエンゼルは空気に溶けるように姿を消した。それを見届けてサンダーがタナに向き直る。

「四大精霊に会ったら、またこの国においでよ」
「わかりました」

 タナが頷くとサンダーも頷いて、ぱっ、と姿を消した。
 今まで黙って入口で様子を窺っていたカレンが、ふ、と片手を上げた。
 地下室にフレイがやってきたのだ。フレイはカレンの側で足を止め、部屋の中のタナに声をかけた。

「お仲間は部屋で休んでるよ。案内しよう」

 頷いてタナとカレンはフレイの後を付いていった。





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