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23:想い届かず空へ


 カナムーン国行きの船乗り場には、タナたち五人と、彼らと同じくカナムーン国へ向かう金髪の娘、イリアがいた。彼女は元々カナムーン国所属の僧侶で、仕事でシャロル国に来ていたとの事だった。
 多忙な騎士団長の代わりに、手のひらサイズの雷の大精霊が見送りに来ていた。その表情はエリグレーテ王女にこてんぱんに打ち負かされたのか、随分とやつれていた。

「ドーラ国行きの船は、ライローグにでも頼んでみるか」

 カレンが言うと、タナは頷いて礼を言った。

「簡単には辿り着けないでしょうから、しっかり準備して行きましょう」

 ドーラ国に入ってしまえば、全てに決着がつくまで戻る事は出来ないだろう。下手をすれば命を落としかねない。しかし一行は弱音は吐かず、ただしっかりと頷いた。

「それじゃ、何かあったらいつでも呼んでね」
「はい、有難う御座います」

 タナの肩に止まっていたサンダーが、ヒラヒラと手を振りながらパッと小さな光の玉になり、ふわふわと飛んで行った。

 出港の銅鑼が鳴り響く。白い帆が風を受けて大きく孕み、ゆっくりと船が動き始めた。




 北大陸の北の玄関口、港町ワイルに到着した一行は、そこで首都の魔道士協会へ向かうイリアと別れた。

「じゃあ僕たちは城下町で待ってるね」

 茶髪の少年がそう言い、ユーリと共にイリアの護衛をかって出て、カナムーン国城下町行きの乗り合い馬車に乗っていった。

 タナ、レイニー、カレンは徒歩で盗賊団薔薇組へと向かった。
 街道をしばらく歩き、森の途中から獣道のような道を進むと、未だ頂上に雪の残るワナルード山脈を背にした小さな村に到着した。
 周りの建物よりも一回り大きな屋敷へ向かい、扉を開けながらカレンが声をかける。

「ライローグ、いるかー?」
「お帰りなさい。やっぱりここで待ってて正解だったわね」

 カレンの声に側の食堂から、金髪の女性がひょっこりと顔を出した。
 背中まで伸びる金の髪と革の鎧をつけている、しばらく別行動をしていたアイミだった。
 彼女は微笑んで三人を歓迎してくれた。

「リーダーならスルーに行ってるわよ」

 盗賊団のリーダーライローグは、アイミが一人で訪ねて来たのをみて、タナたちが戻り次第、ドーラ国へ向かうのだと気付き、船の準備に西の玄関口、港町スルーへ向かったようだった。

「丁度いいな。ちょっくら馬を飛ばして話してくるか」

 そう言ってカレンが屋敷から出ていく。その後姿にタナは礼を言った。

「そういえば、女神の秘宝はどうだったの?」

 目だけでカレンを見送ったレイニーが好奇心で尋ねた。アイミは小さく苦笑して肩を竦めた。

「外れだったわ。かなり有力な情報だと思ってたけど……」
「そっか…」
「元々何十年と発見されていないものだから…。気長に行くしかないわね」

 つられて落ち込んでいたレイニーを励ますように、アイミは微笑んだ。
 前向きな彼女にレイニーも微笑み返したその時。屋敷の扉が大きな音を立てて勢い良く開いた。

「た、大変だ!」

 たった今出て行ったカレンが血相を変えて戻ってきた。足がもつれ、地面に転がる。
 その只事ではない様子に、三人の表情が一気に険しくなる。

「どうかしました?」

 タナが手を貸しながら尋ねると、カレンは立ち上がりながら答えた。

「魔族が来てやがる…!」

 それだけを聞いたタナは慌てて屋敷の外へと駆け出した。後ろから他の三人も外へやってくる。
 屋敷の正面の広場になっている空間に、黒髪の女性が腕を組んで立っていた。背には一対の漆黒の翼。
 彼女は攻撃を仕掛けるでもなく、無表情でその場に佇んでいた。

「……セルジュさん」

 杖をぐっと握り締め、タナが呟く。その小さな声にセルジュは緑の目をすっと細めた。
 刹那、背後に殺気が生まれ、一陣の風が吹き抜けた。

「――ッ!?」

 殺気に振り返ったタナは、思わず黒い目を見開いた。

 先ほどまで後ろに立っていた筈のレイニー、カレン、アイミが離れた所で血を流して倒れていた。そしてタナの背後には黒い翼を持つ魔族の男が無表情で立っていた。
 小さな風に揺れる短い金の髪と、青年を冷たく見下ろす橙色の双眸。
 かつて幼い頃に会った時に感じた、柔らかな気配は微塵も感じられなかった。

 杖を握る手がじっとりと汗で濡れる。
 タナは震える口唇を何とか動かして、言葉を紡いだ。

「――…っ、シリアさん、どうして……」

 小さな問いかけに男は応えなかった。代わりにセルジュがタナの側へ歩み寄りながら答える。

「そいつはあの日、貴方を助けた罪で、魔族の王によって全ての記憶と感情を消されたわ」

 セルジュの言葉が冷たくタナに突き刺さる。その場に縫い止められたかのように身動きが取れず、背の高いシリアをただ見つめていた。

 青年の黒い目が問いかけても、彼の橙色の目は全く反応しなかった。それどころか興味無さそうにタナから視線を外し、地面に倒れて気を失っている三人へ足を向けた。
 それを目で追ったタナは、反射的に三人を守る為に呪文を唱える。しかし、

「貴方の相手はこっちよ」

 耳元でセルジュの声が聞こえたと思った瞬間、ドン、と鈍い音と衝撃がタナを襲った。
 ぐらりと景色が傾く。

 何が起きたのかわからないまま、タナは自分が地面に倒れているという事だけは理解出来た。
 体を動かそうともがくが、全身を襲う強烈な痛みに意識が飛びかける。
 視界の端にシリアが気を失っているレイニーを、ゆっくりと抱き上げているのが見えた。

「――レイニーさん…!」

 痛みに顔を顰め、掠れた声で名を呼ぶ。しかしレイニーには届かなかった。
 必死に手を伸ばそうとするが、鉛のように重い体はピクリとも動かなかった。
 シリアが背中の翼を広げて宙に浮き、空へ消えていく。

「――強くなりなさい」

 何処か苦しそうなセルジュの呟きを最後に、タナの意識はそこで途切れた。







 ゆらり、ゆらりと水の中を漂う感覚が全身を包む。
 海の中のような青い空間に、黒髪の青年は浮かんでいた。
 薄っすらとした意識で、何が起きたのかをぼんやりと思い出す。

 しかし思考の糸は思うようにまとまらず、青い空間へと消えていった。

 何故ここにいるのか。どのくらい時間が経ったのかさえも考えられなくなり始めた頃、不意に青年の耳に小さな音が聴こえた。
 何処となく拙い金属音が曲を奏でている。
 その聞き覚えのある旋律に、先ほどまで捕まえる事が出来なかった思考の糸がまとまり始めた。

 ――この曲……恋物語だね。

 そう言って曲に耳を傾けていた娘の顔を思い出し、青年は僅かに顔を顰めた。

 何よりも守り抜くと誓った彼女は、自分の目の前で魔族に連れ去られてしまった。
 一瞬で倒された仲間の姿も思い出す。彼らは無事なのだろうか。

 何時までもこんな所に漂っている訳にもいかない、と体を動かそうとしたその時、辺りの景色がパッと切り替わった。

 青い水の中のような空間は消え、ふかふかの草の上に彼は立っていた。
 青々とした木々に囲まれた小さな一軒の家が目の前に建っていた。

 何処だろう、とあたりを見回しながら木を組んで作られた家へと足を向ける。すると扉が開き、中から一人の女性が姿を現した。
 背中まで伸びる金の髪を緩く三つ編にしており、日の光に翡翠の瞳を細めている若い娘。
 一瞬大賢者アイオンの妻のイリィかと思ったが、彼女が家の中を振り返りながら放った言葉に、全く違う人物だと分かる。

『サフラン、今日もいい天気よ。早く早く』

 娘の言葉に、タナは見事にその場に固まった。
 長い間ベールに包まれていた「サフラン」という人物が建物の中にいるという事実に、鼓動が早鐘のように鳴り響く。

 何故、今、このタイミングなのかという疑問と、どういう人物なのかが分かるという期待が入り混じっていた。

『今いくよ』

 低い穏やかな声と共に、サフランなる人物が建物から姿を現した。
 すらりとした長身に、短く切り揃えられた黒髪。漆黒の双眸は娘を見て柔らかく微笑んでいる。
 大賢者アイオンにも似ているが、アイオン以上に大人びた雰囲気を持つ青年が目の前にいた。






 盗賊団薔薇組の大きな屋敷の一室の寝台に、黒髪の青年が横たわっていた。
 青年の露になっている上半身の左胸辺りに、黒い羽根のような痣があった。痣は時折紫色の光を放ち、青年を蝕んでいく。

「……お兄様…」

 部屋の入口側の壁にもたれて腕を組み、寝台に眠る青年と、次々と入れ替わりに部屋を出入りする様々な人々を無言で見ていたカレンは、か細い声にそちらを向いた。

 開け放たれている扉の向こうに、長い金色の髪を持つカナムーン国の第二王女が、顔色を僅かに曇らせて立っていた。彼女の一歩後ろには同じように眉間に皺を寄せたエルスがいた。
 マリアードは白い手を握り締めて、ちらりと寝台へ目を向けた。

「……お話は既に伺っています。それで、タナの様子は……」

 屋敷中に飛び交う魔道士たちの声を遮らないように声を抑えて尋ねられた言葉に、カレンも寝台に目を戻した。

「命に関わるような術じゃないらしいが、精神攻撃を受けてる。加えてこちらからは術を解く事は無理だそうだ」
「……という事は」

 腕を組み、エルスが唸る。カレンは小さく頷いた。

「――タナ自身が術に対抗して勝つしか方法はない」

 はっきりと告げられた事実に、王女は言葉を失くす。両手をきつく握り締めて、ただタナの苦しそうな顔を見つめ続けた。
 しかし、ふとある事に気付き、彼女はキョロキョロと部屋の中や廊下に目をやり始めた。

「マリアード王女、どうかなさいました?」

 不審な動きをする王女に首を傾げてエルスが尋ねる。マリアードは細い金の眉を寄せてカレンを見上げた。

「あの……お姉様は…?」

 何度か城で見かけた時、まるで側にいるのが当然のようにタナが付き添っていた金髪の娘の姿が見えない事に気付き、尋ねた。
 忙しくて姿が見えないだけなのだろうか。それともタナのように攻撃を食らい、他の部屋で眠っているのか。
 嫌な予感が王女を襲った。そしてその予感は見事に的中してしまう。

「……レイニーは、魔族に連れ去られた……」

 魔族の攻撃を受け、気を失っていたカレンが目を覚ました瞬間に聞いたのが、レイニーの事だった。
 離れた建物から様子を窺っていた盗賊団の仲間が、魔族がレイニーを連れ去っていくのを目撃していたのだった。
 マリアードが顔色を更に悪くし、俯く。エルスはそんな彼女の肩をそっと抱いて呟いた。

「一体何が目的で……」

 カレンも同じ事を考えていた。
 タナ、カレン、アイミに止めを刺す事もなく、魔族はレイニーだけを連れ去っていった。

 ふ、とカレンは黒髪の青年が眠る寝台の側に立ち、アリーネと共に様々な呪文を唱えている茶髪の少年に目を向けた。
 あの少年は盗賊団にやってきた時、魔族に操られていた。
 魔族は魔力の高い人間を欲している。
 レイニーも魔力目当てで連れ去られたのだろうか。しかし何故、魔族にとって脅威となる大賢者アイオンの生まれ変わりのタナに、術だけかけて止めは刺さなかったのかが分からない。

 カレンは顔を顰めて額の包帯に手を当てた。その時、俄かに部屋の外が騒がしくなった。
 先ほどから多くの魔道士たちが慌しく動き回っている騒ぎを上回るそれは、真っ直ぐ部屋に近付いた。

「大変よ!」

 バタバタと足音を響かせ、一人の女性が部屋に駆け込んできた。彼女は不審がる魔道士たちの視線を無視して部屋の中を見渡し、カレンの姿を見つけると言葉を続けた。

「レイニーが戻ってきたんだけど、様子がおかしくて…!」

 カレンは目を見開いて部屋を飛び出した。青年の後を少年魔道士のダリと、マリアードとエルスも慌てて追いかけた。


 屋敷の外では激しい剣戟の音が響き渡っていた。
 ダリと共に話を聞いて盗賊団にやってきていた赤毛の剣士ユーリは、大剣を手に、迫る剣を防いでいた。

 周りには負傷して地面に転がる盗賊団の人々と、彼らに回復魔法をかけて回るアイミが、それぞれ苦しそうに顔を顰めて様子を見ていた。

 ユーリに容赦のない攻撃を繰り返しているのは、魔族に連れ去られたはずの娘だった。
 前髪の間から見慣れない金製のサークレットが覗く。青い瞳には光は宿っておらず、無表情のまま攻撃を仕掛けてくる。

 ユーリはその攻撃を剣で受け止め、または受け流しながら反撃の機会をことごとく逃していた。
 彼の力をもってすれば、彼女を一撃で動けなくすることは出来る。しかし無傷とはいかないだろう。
 どうしたものか、と考え始めたその時、屋敷から声が響いた。

「おい、レイニー!」

 屋敷から姿を現したのは、金髪の青年カレンだった。眉を吊り上げて叫んだその声に、娘の動きがピタリと止まる。
 剣を奪うなら今だ、とユーリは大剣の柄を繰り出した。

「――ちっ」

 しかし剣の柄は見事に空を切った。レイニーの姿が一瞬でユーリの目の前から消え、カレンの元へ向かっていた。
 カレンは素早く腰の短剣を抜き放ち、迫った剣先を受け止めた。短剣を両手で握り直したカレンは、力任せに押し返すのと同時に、片膝を彼女の腹に蹴り入れた。
 よろよろとレイニーが後退る。一瞬後、二人の間に光の壁が現れた。
 レイニーの姿が光の結界に覆われていたのだ。彼女は己の周りを見回し、とある方向で動きを止めた。
 視線の先に、魔力の光をまとったダリが立っていた。少年は小さく息を吐き、レイニーの青い目を見つめ返していた。

「アリーネ様を呼んできて!」

 少年の言葉に、屋敷の入口近くにいたカレンが頷いて駆け出す。だが、キンッ! という澄んだ音に思わず足を止めた。
 レイニーの周りを覆っていた結界が綺麗に斬られ、崩れ落ちていく。

「有り得無さ過ぎ……」

 愕然と呟いたダリは、すぐさま別の呪文を唱え始めた。だがレイニーは少年には目もくれず、すっと左手をかざした。途端、彼女の足元に赤い光の魔法陣が浮かび上がり、光の柱が天へと伸びる。
 強烈な光に全員が目を逸らした一瞬後、レイニーの姿はかき消えていた。

 逃げられた、と全員が気付いたのは、僅かに遅れてからだった。







 ドンッ! という大きな音と衝撃に、タナはハッとして辺りを見回した。
 青々とした森や小さな一軒家は消え、彼は炎と瓦礫に囲まれた白い建物の中にいた。
 壁や天井は崩れ落ち、粉塵と黒い煙を上げている。遠くで爆音が何度も響いていた。

「大丈夫か、イファルナ!」

 怒声と剣戟の音に、タナがそちらへ顔を向けると、瓦礫の上に金髪の女性が蹲っていた。
 ゆったりとした白い法衣の裾の部分は真っ赤に染まっており、彼女が足に怪我をしているのが見て取れた。
 そして彼女を守るように黒髪の青年が背を向け、片手剣を構えて立っていた。
 背中にある一対の漆黒の翼が、炎の明りによって赤く染まっている。

 イファルナと呼ばれた女性は、耳の下で切り揃えられた黄金の髪を掻き上げて顔を上げた。意志の強い青の双眸が、青年の背中の先を睨みつける。
 つられてタナもそちらに目を向けると、二人から少し離れた場所に、薄い皮膜の張った翼を背に持つ一人の男が立っていた。

 短い紫苑の花のような明るい紫の髪は血に濡れ、爆風に揺れている。血のような真紅の目は細められ、抜き身の剣を片手に、ゆっくりと二人に歩み寄る。

「……サフラン……。邪魔をするな……」

 低く恨みのこもった声に、黒髪の青年は剣を握り直して駆け出した。
 ギィンッ! と金属音が辺りに響き渡る。
 二人の力量は互角に見えた。どちらも遅れはとらず、目に見えない速さで剣を繰り出しては、相手の攻撃を避けていた。

 長引くだろうと思われた戦いは、意外と早くに決着がついた。
 紫髪の男が放った剣圧が、黒髪の青年サフランの脇を掠め、彼の背後にいたイファルナへ迫った。

「――イファルナ!」

 サフランが思わず振り返って叫ぶ。イファルナは咄嗟に結界を張って攻撃を防いだ。瓦礫が崩れ、粉塵が舞い上がる。
 塵の中、僅かに見えた彼女の無事な姿に、サフランはほっと息を吐いた。直後、右肩に強烈な熱と痛みを感じて、持っていた片手剣を落とす。

「ぐあ…っ!」
「戦闘中に余所見とは、いい度胸だな」

 サフランは右肩を押さえてその場に膝をついた。男はサフランの肩から剣を引き抜き、暗い目で冷やかに彼を見下ろした後、真っ直ぐイファルナへ向かった。

「イファルナ=シュラール。否、イファルナ=ドーラ=シュラール。再度問う」

 未だイファルナの結界は張られたままだったが、構わず剣の刃を彼女に向け、静かに口を開いた。

「俺に…新たな魔族の王に従え。そうすれば力の無い者は見逃してやろう」
「お断りよ!」

 威圧的な物言いに怯む事なく、イファルナは青い目で睨み付けた。

「それは共存では無く、支配だわ! 誰がそんな要求を呑むと思ってるの!」

 向けてくる視線に負けないくらいのキツイ口調に、男は肩を竦めた。

「……仕方ないな」

 溜息混じりに男は吐き出し、剣を鞘に戻して踵を返した。

「力を蓄えたら再度問いに来よう。その時は返答次第では命は無いと思え」
「くっ…」

 イファルナは歯を食いしばり、男の背中を睨み付けた。
 もっと自分に力があれば、ここでこの男を倒す事が出来たのに、と後悔しか浮かばない。

 男はそんな彼女には目もくれず、彼女と同じように鋭い視線を向けている、黒髪の青年をちらりと見た。

「サフラン、逃げるなよ」

 それだけ言って、男は空気に溶けるように姿を消した。


 完全に気配が消えたのを確認し、イファルナは足を引き摺りながらサフランの元へ向かった。
 彼は右肩を押さえたまま、瓦礫の上に蹲っていた。
 魔族は人間とは違い、斬られても血を流す事はない為、どれだけ傷が深いのかが分らない。
 彼の肩に手をかざして回復魔法を唱えようとしたが、やんわりとその手を握られた。

「……大丈夫だ」

 顔色の悪いまま微笑むサフランに、微かに眉を寄せる。

「全然大丈夫そうに見えないわよ」
「平気だ。――それより、大した力になれなくてすまない」

 イファルナは小さく首を振り、微笑んだ。

「助けに来てくれただけで充分よ」

 不意に彼女の表情が曇る。

「……これから忙しくなるわね……」

 小さな呟きに、サフランは無言のまま、彼女の顔を見つめていた。

 魔族の王とドーラ国王でもある人間の王が、揃って先ほどの魔族に殺された。
 イファルナは新たなドーラ国女王として、欠けた騎士の補充や、この先敵対してくるであろう魔族に対抗する策などを練らなくてはならない。

 イファルナは小さく溜息を吐いた。その溜息を聞いたサフランは、満面の笑みを浮かべて彼女を励まそうと試みた。

「俺も協力するよ。シリアとスクウェルドも君の力になってくれるだろうし」

 イファルナはその二人に会った事はあまりないが、サフランの大切な親友だというのは知っている。彼の言うように、再び人間と魔族が共存出来るように、力を貸してくれる事だろう。

 イファルナは頷いて笑みを浮かべた。

「ええ、ありがとう」



 景色が一瞬で切り替わる。
 次にタナが立っていたのは、白い壁と白い円柱が等間隔に並ぶ広間だった。

 部屋の中央の床には赤い絨毯が敷かれてあり、その先は数段高くなっており、金の装飾で縁取られた豪華な椅子があった。
 恐らくこの広間は玉座なのだろう。椅子の前には深い紫のドレスを着た金髪の女性、先ほどまで見ていたドーラ国女王イファルナが立っており、目の前に横一列に並ぶ七人の男女を柔らかな眼差しで見下ろしていた。

 五人の青年と二人の女性は国の制服らしい黒い上着にズボン、革のロングブーツを着ている。
 七人はそれぞれ色の違う細いベルトを上着の上に斜めにかけていた。襟には金の小さなエンブレムが輝いていた。

 イファルナは七人の顔を見渡し、赤い口唇を開いた。

「ナルカース、アディル」
「はい」

 名を呼ばれ、女王から見て左端に立つ、スラリと背の高い金髪の男と、黒髪を一つに束ねている男が頭を下げた。

「セリィ、ネイ」

 続けて彼らの隣に立つ青髪の青年と、彼より頭半分低い赤茶髪の男が頭を下げた。

「レイア、ユナ、リタ」

 金の髪を耳の下で切り揃えた若い女性と、金髪を背中まで真っ直ぐと伸ばしている娘、そして短く明るい茶色の髪を持つ、ひょろりと手足の長い青年が揃って頭を垂れた。

「本日付けでドーラ国女王七騎士団に任命します。その力を遺憾なく発揮してください」
「はっ!」

 ビシッ、と七人は敬礼した。その瞬間、一瞬だけ七人の騎士が様々な色の光に包まれる。
 七人の大精霊の加護を受ける、世界第一位の魔法国家の姿がそこにあった。





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