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すれ違う葛藤に女神は微笑む【4】


 リトトの隣に立ち、魔力を回復する魔法『リフレシュ』をキアーラへ飛ばした。
 魔力に気付いたリトトが、横目でレヴィルルの姿を確認する。

「レヴィルル、ゆあちんに付いてなくて大丈夫なの?」
「すごく反省してるし、大丈夫でしょ」

 応えてレヴィルルは、対象の動きを鈍くする黒魔法『グラビデ』を唱えた。黒い光がカリブの体に吸い込まれると、急激にカリブの動きが鈍くなり、幻影に頼らずとも余裕で攻撃を避けれるようになっていた。
 レヴィルルに足を蹴られてようやく前線に立ったアレクの鎌と、シグリッドの斧がカリブの足をそれぞれ斬り落とす。
 ほとんどの足を切り落とされ、カリブがフラフラと宙を漂う。残った足で攻撃を繰り出すが、キアーラの盾にあっさりと防がれた。

 ヨロヨロと後退るカリブ。その隙だらけの姿を見逃す筈がなく、キアーラの片手剣の刃が煌いた。
 片手剣を薙ぐと、刃を中心に光の輪が広がる。一回、二回。そして片足を踏み込み、剣を振り上げ三回、光の輪が散った。
 『スウィフトブレード』と呼ばれる、ナイトのみが使える技の効果だ。
 直後、キアーラの背後に回ったアレクの大鎌が微かに動いた。目に見えない速さで数回攻撃する、これもまた暗黒騎士のみが使える技『クロスリーパー』だった。
 『スウィフトブレード』の効果に『クロスリーパー』の効果が相乗され、カリブの上空に黒と紫の光の球が浮かび上がる。二つ目の技をあるタイミングで放つと起きる連携効果だった。
 その光を目にしたレヴィルルとリトトが同時に魔法の詠唱に入った。


 先に詠唱完了したのは、早口のレヴィルルだった。氷の塊がカリブに落下し、砕け散る。無数の氷の欠片がカリブの体に突き刺さった。
 しかし止めにはならなかったらしく、カリブが宙を漂ったまま、ゆっくりと回転を始めた。
 辺りの温度が急激に下がる。
 今までと様子が違う事に気付いたキアーラが、声を上げた。

「メイルシュトローム…!」

 何処からともなく水が流れ出て、カリブの体を中心に渦巻きだした。段々と水の量が増え、そして回転の速さが増していく。
 渦巻く水で、部屋にいる全員を押し流すつもりだ。あの勢いでは命を落としかねない。
 今逃げ出しても間に合わない事に全員が悟った瞬間、青と紫の光が一同の体を包み込んだ。直後、膨大な量の水が押し寄せ、渦巻いていく。
 乱雑していた木箱を粉々に粉砕し、岩壁を削る。
 両足で踏ん張るが水の勢いに耐えられず、キアーラはバランスを崩し、仰向けに倒れる。しかし後ろから誰かに支えられ、地面との衝撃を免れた。
 顔だけ振り返ると黒い鎧が目に入った。自分とは全く対称的な色彩のアレクだった。

 頭上を水が流れていくのに気付き、キアーラは顔を上げる。中央で大渦が発生しているが、水の勢いは感じる事がなく、自分の体をすり抜けていく。
 一体どういう事だろうと水が完全に引いた後、キアーラは辺りを見回すと、ケロリとした顔で突っ立っているタルタルの少女二人の姿を見つけた。


 赤魔道士のアーティファクトを身にまとう、金髪の少女の体が仄かに光っている。それを見て、『メイルシュトローム』が発生する瞬間、何らかの魔法が発動していたのを思い出した。

 詠唱と発動は一瞬。
 水系の魔法効果に対する耐性を引き上げる、強化魔法『バウォタラ』のお蔭だと気付いた。
 魔法スキルの高いレヴィルルが唱えたからこそ、あの大渦に飲み込まれる事はなかったのだった。
 キアーラの視線に気付き、レヴィルルが小さく微笑んだ。
 同時にリトトの魔法の詠唱が完了する。
 彼女の足元から浮かび上がっていた魔法の光が弾ける。膨大な魔力の波に、二人の少女の上着の裾が激しくはためいた。
 リトトの青紫の瞳がカリブを捉えると、溢れ出ていた魔力が途切れ、静けさが満ちる。耳が痛くなる程の静けさに、誰かが微かに息を呑んだ。

 まるで永遠を感じるかのような一瞬後――
 澄んだ音を立て、カリブが漂う地面から氷の花が咲く。黒魔法『ブリザド』の最上位だった。
 花びらの一枚一枚は鋭い刃となり、カリブの体を切り裂き、そして花の中にカリブを捕らえた。
 氷の花の美しさに誰もが見惚れた直後、バリンッ、とガラスが割れるような大きな音と共に、カリブ諸共氷の花が砕け散った。
 魔法の明かりに照らされ、氷の欠片とカリブの体が無数の光の玉となり、天井へと消えていった。


 その場に残ったのは、青い刀身の片手剣。

 帽子を深くかぶりなおしたリトトが地面に座り込む。その彼女に『リフレシュ』の魔法を唱えて、レヴィルルが片手剣に近付いた。
 真っ直ぐ見つめ、もしかするとカリブはこの宝剣そのものかも知れない、とレヴィルルは思った。
 多くの赤魔道士や吟遊詩人が欲する宝剣『ジュワユース』。
 その柄にそっと手を伸ばしかけ、ふ、とレヴィルルは振り返った。

「私が貰っていいんだよね?」

 その問いに、シグリッドが呆れた声を上げた。

「今更遠慮するなよ……」
「いやぁ、一応聞いておかないといけないかなって思って」

 照れ笑いを浮かべる少女に、全員が笑い出した。
 次は躊躇う事なく柄を握り、地面に突き刺さる剣を引き抜いた。そのまま構え、レヴィルルはうっとりと青い宝剣を見つめた。

「ユアナを助けに来たのか『ジュワユース』を取りにきたのか分からないけど」
「レヴィルルはゆあちんより、ジュワを優先してたじゃん」

 耳聡くレヴィルルの呟きを聞いたリトトが突っ込みを入れる。まさか返事がくるとは思っていなかったレヴィルルが驚いて振り返った。

「や…やだなぁ、何言ってるの…?」

 本人はニコニコと笑っているつもりだろうが、思い切り顔が引きつっている。そんな彼女を半眼で見つめ、リトトは呪文を唱えた。

「レヴィルルさんを病院までデジョンツー!」
「無視かよ!」

 黒と紫の光に包まれながら叫んだレヴィルルの声はあっさりと無視され、辺りに虚しく響き渡っただけだった。







 三日後の夜。
 レヴィルルの退院祝いと、リンクシェルに新しいメンバーが入った歓迎会をするから、ジュノ下層の詩人の酒場に集まれ、とヴィンに呼ばれ、アレクは面倒臭そうに酒場へ向かった。

 酒場の前まで来て、店内がやたらと賑わっているのに気付いた。今日はミスラの歌姫はいない筈だ。訝しげに首を傾げつつ、アレクは扉を開けた。
 途端に聞こえてくる歌声とハープの優しい音色。
 声色からいつもの歌姫ではなく、男が歌っているようだ。しかし客のあまりの多さに、ステージまでは見えなかった。

 カウンター内を占領して料理を作っていた金髪のヒュームの青年、ヴィンがアレクに気付いて手を振る。いつもより女性客が多いような気がしつつ、アレクは片手を上げてカウンター席についた。
 ヴィンから麦酒のカップを受け取り、一口飲んで歌声に耳を傾ける。

 歌詞の内容は、国に愛する人を残して戦いに行った、というありふれた恋歌。
 耳に心地の良い歌声に、客から感嘆の声が上がる。
 それらをどこか遠くで聞きながら、アレクは麦酒のカップを眺めた。



 『海蛇の岩窟』からジュノの街に戻った翌日。ユアナに呼ばれ、アレスと共に故郷バストゥークに帰る事になった。
 国に着いて両親と再会してから、ようやくユアナの口からアレスがアレクの命を狙っていた理由を聞いた。

 アレスがアレクの双子の弟という事。
 アレクが養子になったのに、自分の存在には気付かれずに恨んでいたという事。

 「アレス」という双子の弟がいたというのを、今日まで知らなかったアレクは、勝手に恨むなよ、と内心突っ込みを入れた。
 アレクの両親も同じように、

「双子の弟がいるなんて初耳だ」
「そうならそうと、言ってくれればよかったのに」

 アレクの双子の弟なら、私達の大切な子供だ、とあっさりアレスを歓迎していた。
 直後、

「絶対ユアナちゃんをお嫁さんにするのよ!」

 とボケた事を言っていたので、アレクはアレスを囮にして家を飛び出し、モグハウスでその後を過ごした。
 そのまま家には戻らず翌朝一でジュノに戻った為、アレスがどうしたのかはアレクは知らない。だがもう命を狙ってくる事はないだろう、と分かっていた。



 大きな拍手と歓声にアレクは我に返る。どうやら歌が終わったらしい。
 そういえば、とアレクはヴィンに声をかけた。

「呼び出しておいて、連中は何処にいるんだ?」
「ステージの目の前だよ。何てったって新メンバーのステージだったんだからね」

 カップを手にしたまま、何気なくステージを振り返る。
 リンクシェルでの会話が一切ないのは少しおかしいな、と思い始めていると、客の間からステージ上の人物と目が合った。
 茶色のコートに身を包み、手にはハープを抱えている黒髪のヒュームの美青年。
 その青年ににっこりと微笑まれ、アレクは思わず立ち上がる。それを見透かしたかのように、リンクパールから明るいレヴィルルの声が響いた。

『皆さんご存知のアレス君でーす! 吟遊詩人だそうですよー?』
『よろしく』

 目の前の人物の口の動きと、パールから聞こえた言葉が一致した。

「何でアレスがここにいるんだ!」

 アレクが叫んだ瞬間、リンクパールから笑いの渦が巻き起こった。

『どうしてもって言うから断れなくって』

 と笑いながら言うのはリトト。間違いなくアレクをからかうためだけにアレスにパールを渡したに違いないだろう。

『兄弟なんだから、いいじゃんねー』

 無責任な事を言うのはレヴィルル。彼女もまたこの状況を楽しんでいる。

「よくねぇ! 大体アレスは俺の命を狙ってたんだぞ!?」
『その事だけど……』

 そこで何故かレヴィルルが言葉を区切った。

「何だよ?」

 アレクが急かすように尋ねると、レヴィルルではなくアレスが返事をした。

『命を狙う代わりに、アレクをからかって仕返しする事にしたから』
「はぁ!?」

 リンクパールを握り締める手がわなわなと震える。パールを投げ捨ててやろうかと思ったアレクだったが、シグリッドに恩があるため、結局実行に移せなかった。

『仲良くしなさいよねー』

 とレヴィルルの声が聞こえるが、アレクはテーブルに沈み、返事をする事は無かった。


 *END*




Alek…Hum♂F2A、DRK
Yuana…Hum♀F3A、WHM
Sigrid…Elv♂F7A、WAR
Revilulu…Tar♀F1B、RDM
Litoto…Tar♀F5A、BLM
Chiara…Hum♀F4B、PLD
Kumuriri…Tar♀F2A、RNG
Vin…Hum♂F4B、NIN
Ales…Hum♂F2A、BRD




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