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すれ違う葛藤に女神は微笑む【3】


 黄色の魔道士タイプのサハギンが、範囲回復魔法を唱えているのに気付き、キアーラは左手に持っているタワーシールドでその顔を殴った。

「ナイスバッシュ! そういう訳でお黙りなさい」

 見事に詠唱中断されたサハギンに、レヴィルルが呪文封じの『サイレス』の魔法を飛ばした。すぐさま全員に強化魔法をかけ、そのままレヴィルルはサポートに回った。


 一方シグリッドは、『空蝉の術』で幻影を作り、青いサハギンの攻撃を交わしていたが、思っていたよりサハギンの手数の多さに、少し押され気味だった。

 『空蝉の術』も普通の魔法と同じで、多少の詠唱時間を要する。その詠唱の隙に幻影を全て掻き消され、シグリッドの顔目掛けて水かきのついた拳が繰り出された。
 慌てて詠唱を中断し、攻撃を避ける。
 しかし咄嗟の判断だった為、地面の窪みに足を取られ、思い切りバランスを崩した。
 その隙を逃す筈が無く、サハギンは逆の拳を繰り出した。
 流石に避けきれないと判断し、シグリッドは食らう覚悟を決めるが、シグリッドに触れる寸前、その手が吹き飛ばされた。

「ギギャアアァァッ!!」

 手首を強く握り締め、サハギンがシグリッドから離れる。
 ガァンッ! という重い銃声音が立て続けに響き、クムリリの放った銃弾がサハギンの足元を狙った。たたらを踏みながらサハギンが後退る。
 ギョロリとした血走った目でクムリリを睨み、目標を彼女に変えて駆け出すが、光の輪に動きを封じられ、その場に固まる。一時的に動きを封じる暗黒魔法『スタン』の仕業だ。
 直後、青サハギンの体は、背後に回っていたアレクの大鎌によって斬り刻まれていた。

 クムリリは素早く弾を装填し、今度は黄色サハギンを目掛けてトリガーを引いた。銃弾は逸れる事無く、サハギンの片目に突き刺さる。
 慌てて手で目を押さえて呪文を唱えようとするサハギンだったが、魔法はレヴィルルの『サイレス』で封じられていた為、回復が出来ず、モタモタしている所をキアーラが剣を振り上げ、片腕を斬り飛ばした。
 瞬間、リトトの精霊魔法『サンダー』の上位魔法を食らい、焦げた臭いを辺りに撒き散らしながら、サハギンはその場に崩れた。

「焼き魚の完成ー!」
「……食べたくないわね」

 剣の露を払って鞘に収め、キアーラが眉を顰めてポツリと呟いたのと同時に、フワリと回復魔法『ケアル』の青い光が降り注いだ。

「先を急ごう。もし本当にユアナがカリブの沸く場所に居たら大変だ」

 両手斧を背負い直しながら言うシグリッドに、レヴィルルが力強く頷いた。

「そうよ、私の『ジュワユース』が誰かに取られちゃうわ!」

 相変わらず自分のペースを貫き、再びさっさと走っていくレヴィルルに、シグリッドとリトトは溜め息を吐いた。







 まだ全体の半分しか詠唱が完了していないのに、二人の前を漂うモンスターがゆっくりと体を回転させながら、真っ直ぐこちらに近付いてきた。

「気付かれたか……」

 小さく舌打ちして、アレスは構えていた両手剣を振るった。
 二人目掛けて伸ばされた、触手のようなぬめった足を斬り落とそうとするが、剣は弾かれてしまった。すぐに構え直し、アレスはユアナの側から離れる。
 魔法が届く範囲から出た彼を見て、ユアナは思わず詠唱を中断しようとしたが、それに気付いたアレスが怒鳴った。

「いいから続けるんだ!」

 ビクッ、とユアナは肩を震わせ、言われるまま呪文詠唱を続ける。
 呪文が完成し、魔法が発動する瞬間に範囲内に居れば、例え詠唱中に範囲外に出ても問題は無い。
 それまではユアナが攻撃を食らわないように、引き離して時間を稼ぐつもりなのだろう。

 ユアナは硬く目を閉じて、一字一句間違えないように慎重に呪文を唱え続けた。


 そろそろ呪文は最後の一文に入る。
 目を開いてアレスの姿を見るが、彼はユアナの側から離れたきり、近付こうともしない。
 ほんの少しの間だったのに、アレスの姿はボロボロになっていた。肩当は片方が吹き飛んでおり、剣は刃こぼれ寸前。整った顔の頬には青痣が浮いている。
 ユアナは悲鳴を上げそうになったが、何とか堪えてアレスを見つめた。
 彼女の視線に気付いたアレスと目が合う。
 もう間もなく呪文が完成する事に気が付いている筈だ。しかし彼は魔法の範囲外に出たまま、動こうとはしなかった。

 カリブの複数の長細い足が両手剣を弾き返し、衝撃でアレスの体が吹き飛び、側の岩壁にぶつかる。

「――アレス!」

 ユアナは自分の周りに集まり、完了寸前だった魔力を霧散させ、上位『ケアル』を唱えた。

「……何故逃げない…!」

 岩壁に背を預けたまま、アレスがヨロヨロと立ち上がる。回復魔法の青い光に包まれた彼は、両手剣を構え直してユアナに向かって言う。
 しかしユアナは首を横に振った。

「それはこっちのセリフよ! どうして魔法の範囲内に入ってくれないの!?」

 苦しそうに顔を顰めてユアナが叫ぶと、アレスは困った顔をした。

「……君には悪い事をしたからね。だから君だけは無事に逃げて欲しい……」

 蘇生魔法『レイズ』が使える白魔道士であるユアナさえ無事であれば、戦闘不能になっても構わないとアレスは思っているのだろう。
 だが二人揃って脱出出来るチャンスをみすみす捨ててまで戦闘不能になる事を、ユアナは許さなかった。

「逃げるなら一緒によ。一緒にバストゥークに行くって約束したでしょう?」

 ユアナが一方的に決めた事であって、約束はしていないのだが、敢えてそう言う彼女に苦笑した。

 回転しながら攻撃を繰り出してくるカリブを避けながら、アレスはユアナに叫ぶ。

「近くの木箱に君の鞄が入ってる…!」

 アレスに『プロテス』の上位魔法を飛ばし、ユアナは一番近くにある木箱の蓋を開けた。
 中には彼の言う通りユアナの鞄があり、片手棍ダークモールとホーリーシールドも一緒に入っていた。
 鞄の中身を木箱の中で引っくり返し、転がり出た数個のリンクパールの内、緑色のリンクパールを握りしめる。
 きっとどのリンクシェルも行方不明のユアナを必死に捜してくれてるだろう。無事だと伝えたいが、今はそんな時間もない。
 だからユアナは、知り合いの中でも一番駆けつけるのが早そうな、ある人物に賭けてみた。
 目を閉じ、大きく息を吸って、リンクパールに向かって叫んだ。

「レヴィルル! 貴女が会いたがってたカリブが沸いてるわよ!!」

『なぁんだってぇぇ!?』

 ドスの効いた低い声がリンクパールから届く。ユアナは思わず笑い出した。

『ゆあちん、無事だったの!?』

 心配そうなリトトの声に一言謝り、頷く。

「ええ、今アレスと一緒にカリブと戦ってるの。だから早く来て!」
『何でお前、アレスなんかと一緒に……』
『すぐに行くわ! 待ってなさい、私のジュワユース!!』

 アレクの言葉を遮り、レヴィルルが叫んだ。

『おい待て、レヴィルル!』

 リンクパール越しにでも、彼女が暴走しているのが良く分かる。

「詳しい事は後で話すわ。だからお願い、アレク」

 ――貴方の弟を助けて。

 後半部分は声には出さなかったが、珍しくしおらしいユアナの態度に、アレクは小さく舌打ちした。

『仕方ねぇなぁ……』
『何が”仕方ねぇなぁ”よ…。お願いされて嬉しいクセに』
『…ッレヴィ! 早くカリブの所に行けよ!』

 レヴィルルにからかわれたアレクが叫ぶ。しかし内心焦っているその口調は、彼女には全く効き目が無く、レヴィルルは飄々と答えた。

『言われなくても向かってますよー』

 直後、重い音を響かせて部屋の扉が開く。思っていたよりも早い登場に、ユアナは少し驚いていた。
 開け放たれた扉の先には、赤いアーティファクトに身を包んだタルタルの少女が立っていた。

「ユアナ! 無事でなにより」

 手を振りながらカリブを避けつつ、レヴィルルが駆け寄ってくる。
 足元で立ち止まった彼女が唱えてくれた魔力を回復する魔法『リフレシュ』に、ユアナは漸く安堵し、心からの笑みを浮かべた。

「そこにいるのが、アレス?」

 帽子を被りなおして己に『リフレシュ』を唱えたレヴィルルに訊ねられ、頷く。

「――じゃあ、見殺しで?」
「怒るわよ?」

 綺麗な笑みを浮かべたまま、ダークモールを握り締めるユアナに、レヴィルルは乾いた笑みを浮かべて謝った。

「冗談デス! …アレクの兄弟なら助けないとね」

 苦笑混じりに呟かれたその言葉に、ユアナは驚いて少女を見下ろした。

「知っていたの?」
「んー、気付いたっていう方が正しいかな」

 答えてレヴィルルはカリブに次々と弱体魔法を唱えた。そのお蔭で幾分カリブの攻撃が鈍くなり、ずっと逃げ回っていたアレスは反撃に切り替えた。
 黒髪の青年とカリブの動きを目で追いながら、レヴィルルが言葉を続ける。

「アレクの命を狙う、アレクと同じ顔、同じ声のヒューム……双子以外に思いつかなかった。それにユアナがアレスを助けて欲しいって言ってたしね」

 横目で見上げ、パッチリと可愛くウインクする。

 そんなレヴィルルに遅れる事、数分。ようやくシグリッドやアレク達が現れた。




 すぐさまカリブに挑発を飛ばしたのは、ナイトのキアーラだった。同時に神聖魔法『フラッシュ』を放ち、カリブの目を眩ませる。
 アレスの両手剣に長い足を絡ませようとしていたカリブは、体を一回転させて、キアーラ目掛けて体当たりを食らわせる。キアーラは体を屈めて避け、そのままカリブの体の下に入り込み、防御の薄そうな口元を斬り付けた。
 すぐに体の下から抜け出し、タワーシールドを構えて繰り出された触手の様な長い足を受け止める。直後、横手から斧の刃が振り下ろされ、カリブの足を斬り落とした。

 怒り狂ったカリブは、斧の持ち主――シグリッドへ残った数本の足を伸ばして攻撃するが、シグリッドの姿が陽炎のように掻き消えただけで、手ごたえはなかった。
 『空蝉の術』によって作られた幻影が、シグリッドの代わりに攻撃を受けて消えたのだ。
 視界の端にシグリッドの姿を捉えて攻撃を繰り出すが、またしても手応えは無く幻影の仕業だった。

 シグリッドを追うのを諦め、カリブが再びキアーラへ目標を戻そうとしたその瞬間、ガァン、と銃声音が響き渡り、カリブの足を吹き飛ばした。
 続けざまに銃声音が響くが、カリブが体を高速回転したため、銃弾は弾かれてしまった。
 高速回転したまま、カリブが小さなクムリリへと突進する。しかし彼女の姿もまた、陽炎のように掻き消えただけだった。
 その隙を捕らえるかのように、暗黒魔法『スタン』の光の輪がカリブの体を縛り上げた。

「サポートジョブを忍者にしてて良かったでしょ?」

 青い髪を高い位置でひとつに束ね、黒いアーティファクトに身を包んだタルタルの少女リトトが、隣で銃を構えるおかっぱ頭のタルタルの女性に笑いながら声をかけた。

「そうね、あんなのを食らったらひとたまりもないわ」

 身動きひとつせず、クムリリが応える。
 一呼吸後、再三銃声音が洞窟内に響き渡り、カリブの長い足を再び吹き飛ばした。



 カリブが離れてすぐ、レヴィルルとユアナは、壁に背を預けて座り込むアレスの元へ駆け寄った。
 青年は随分と傷だらけだったか、命に別状はなく、ユアナの魔法で充分回復するだろう。
 回復魔法『ケアル』ではなく、少しずつ体力を回復する『リジェネ』を受けながら、アレスは正面に立つ無表情の少女を見つめた。

「……君にも悪い事をしたね」

 自嘲気味に口元を歪ませ、青年が呟く。レヴィルルは腰に手を当て仁王立ちし、彼女の方が目線は下なのに、まるで見下ろすかのようにアレスを見た。

「そう思うのなら、それ以上の謝罪は無しで。エラントウプランドのクリーング代と入院費を払ってくれればそれでいいし」

 普段と変わらないレヴィルルに、ユアナはほっと息を吐いた。
 メンバーの中で一番怒らせると怖いのは、間違いなくこの少女だろう。今回の事件を引き起こしたアレスを決して許さないだろうと思っていたが、物分りの悪いレヴィルルでは無かった。

「さっき会った時と比べて、随分と大人しいじゃん。何かあったの?」

 腰に手を当てたまま、不思議そうにアレスを見つめるレヴィルルの言葉に、アレスはユアナを見つめ、そして離れた所に佇む黒い影を見つめた。
 遠すぎず近すぎない場所に立っているのは、よく似た顔の黒髪の青年、アレク。
 目が合うとアレクはすぐに顔を逸らした。

「…彼女、ユアナが言った事が本当なのか、確かめてからでも遅くないなって思ってね」

 きょとんとして、レヴィルルがユアナの顔を見る。しかし何かを尋ねるでもなく、すぐにアレスに視線を戻した。

「ただ単に羨ましかった……アレクが」
「………」

 レヴィルルは黙ってアレスの顔を見つめた。
 蜜蝋の明かりに仄かに艶めく短い黒髪。どこかぼんやりとした黒い双眸。
 双子なだけあってアレクと良く似ている。だがアレクよりも幾分穏やかな青年に見えた。

「……アレクの何処が羨ましいのかわからないけど」

 ボソっと呟かれたレヴィルルの言葉にユアナが小さく笑い出した。

「確かにそうかも」

 クスクスと笑うユアナにアレスもつられて、先ほどまで浮かべていた自嘲的な笑みを消し、小さく微笑んだ。
 ユアナがこうして笑っているのだから、アレスがアレクの命を狙ってきた事は全部水に流してしまえ、とレヴィルルも笑みを浮かべた。
 そしてくるりと後ろを向き、未だ同じ場所に突っ立っているアレクの足に蹴りを入れ、レヴィルルはカリブと戦っている四人の元へ駆け出した。





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